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2012年7月27日 (金)

中原中也が訳したランボー「ニイナを抑制するものは」Ce qui retient Ninaその3

「ニイナを抑制するものは」Ce qui retient Ninaを
読み進めましょう。

オイラの口説きは
ますます高ぶり……。

抱いて行けと、オメエはオイラに
目を細めて言うだろう、と
彼の口説きは妄想に登りつめ
自分の放った言葉に
慌てて答えます――。

だ、だ、だ、抱いていくとも!

抱いていくともドキドキしているオメエを抱いたら
小道の中へよ
小鳥の奴めゆっくり構えて、鳴きしぐれるだろうよ
ハシバミの林の中で。
(前回はここまで。)

口の中へよオイラは話を、注ぎ込んでやらあ、
オメエのからだを
締めてやらあな子供を寝かせる時みてえによー、
オメエの血は酔い

肌の下をよ、青ーく流れる
桃色の調子でよ、
そこでオメエにオイラは言わーな、
――おい! とね、――オメエにゃ分からー

森は樹液の匂いでいっぱい、
お天道様―
金糸でよーくれえ血色の、森の夢なんざ
グッと飲まーな。

日暮れになったら? ……オイラけえらあ
ずうっとつづいた白え道をよ
ブラリブラリと道々草食う
羊みてえに。

青草へえてる果物畑は、
しちくね曲がったリンゴの木が、
遠くの方からでも匂うように
強い匂いをしてらーな!

やがてオイラは村に着く、
空が半分くれえ頃、
乳くせえ匂いがしていようわさ
日暮れの空気のそん中で、

くせえ寝藁でいっぺえの、
牛小屋の匂いもするべえよ、
ゆっくりゆっくり息を吐いてよ、
おっきな背中あ

薄明かりで白ーく見えてよ、
向うを見ればよ、
牝牛がおおっぴらに糞してらあな、
歩きながらよ。

祖母はメガネかけ
なげえ鼻をよ
祈り本に突っ込み、鉛のタガの
ビールの壺はよー

大きなパイプで威張りくさって
突き出た唇から煙を吐き吐き、
しょっちゅうへーてる奴らの前でよ、
泡を吹いてら、

突き出た唇らもっともっとと、
ハムに食いつき、
火は手すり付きのベッドや
長持なんぞを照らし出してよ、

丸々太ってピカピカしている
尻の腕白小僧は
膝ついて、茶碗の中に突っ込みやがらー
その生っ白えしゃっ面を

その面を、小せえ声してブツクサつぶやく
も一人の小僧の鼻で撫でられ
その小僧めのまあるい面に
キスとくらあ、

椅子の端っこに黒くて赤え
恐ろし頭の
ババアはいてさ、燠(おき)の前でよ
糸紡ぐ――

なんと色々見られるじゃねーかよ、
このあばら家の中ときた日にゃ、
焚き火があかーく、うすみっともねえ
窓のガラスを照らす時!

ムラサキハシドイ咲いてる中の
こざっぱりした住居じゃ住居
中じゃ騒ぎじゃ
愉快な騒ぎ……

来なよ、来なってば、愛してやらあ、
悪かあるめえ
来なったら来なよ、来せえしたらだ……

彼女が言うには――

だって、アンタ、仕事はどうすんの?

     (15、8、1870)

「みてえによー」は、みたいによー
「くれえ血色」の「くれえ」は、暗い
「けえらあ」は、帰らあ
「白え道」は、「シレエミチ」(白い道)
「青草へえてる」は、青草生えてる
「乳臭え匂い」は「チチクセエニオイ」(乳臭い匂い)
「いっぺえの」は、いっぱいの
「なげえ鼻」は、長い鼻
「しょっちゅうへーてる」は、しょっちゅう吐いてる
「生っ白えしゃっ面」、「ナマッチレエシャッツラ」(生っ白いしゃっ面)
「黒くて赤え」は、黒くて赤い
……

これらは
江戸っ子弁というのでしょうか
いまや、全国に通じる方言というのでしょうか
テレビ時代劇や江戸ブームなどを通じて
ベランメエ(調)は
耳で聞く分にはすんなり理解できるようになりましたが
表記するとなれば
「現代かな遣い」はかえって困難を抱えることになり
「歴史かな」を動員すれば
より原作に近づくケースといえるのかもしれません。

ま、それほど難しいわけではないので
詩人の意図を汲んで
ベランメエの流暢(りゅうちょう)な響きに
耳を傾けるのもいいじゃないですか――。

ベランメエの、そのどことなく威張った口調が
ニーナの一撃をくらうのです。

 *

 ニイナを抑制するものは

      彼曰く――

そなたが胸をばわが胸の上(へ)に、
   そじゃないか、俺等(おいら)は行こうぜ、
鼻ン腔(あな)ァふくらましてヨ、
   空ははればれ

朝のお日様ァおめえをうるおす
   酒でねえかョ……
寒げな森が、血を出してらァな
   恋しさ余って、

枝から緑の雫を垂れてヨ、
   若芽出してら、
それをみてれァおめえも俺も、
   肉が顫わァ。

苜蓿(うまごやし)ン中おめえはブッ込む
   長(なげ)ェ肩掛、
大きな黒瞳(くろめ)のまわりが青味の
   聖なる別嬪、

田舎の、恋する女じゃおめえは、
   何処へでも
まるでシャンペンが泡吹くように
   おめえは笑を撒き散らす、

俺に笑えよ、酔って暴れて
   おめえを抱こうぜ
こオんな具合(ぐえィ)に、――立派な髪毛じゃ
   嚥んでやろうゾ

苺みてェなおめえの味をヨ、
   肉の花じゃよ
泥棒みてェにおめえを掠める
   風に笑えだ

御苦労様にも、おめえを厭(いと)わす
   野薔薇に笑えだ、
殊には笑えだ、狂った女子(あまっこ)
   こちのひとえだ!……

十七か! おめえは幸福(しやわせ)。
   おお! 広(ひれ)ェ草ッ原、
素ッ晴らしい田舎!
   ――話しなよ、もそっと寄ってサ……

そなたが胸をばわが胸の上(へ)にだ、
   話をしいしい
ゆっくりゆこうぜ、大きな森の方サ
   雨水(あまみず)の滝の方サ、

死んじまった小娘みてェに、
   息切らしてヨウ
おめえは云うだろ、抱いて行ってと
   眼(め)ェ細くして。

抱いてゆくともどきどきしているおめえを抱いたら
   小径の中へヨ、
小鳥の奴めァゆっくり構えて、啼きくさるだろヨ
   榛ン中で。

口ン中へョ俺ァ話を、注ぎ込んでやら、
   おめえのからだを
締めてやらァな子供を寝かせる時みてェにヨウ、
   おめえの血は酔い

肌の下をョ、青ゥく流れる
   桃色調でョ
そこでおめえに俺は云わァな、
   ――おい! とね、――おめえにャ分らァ

森は樹液の匂いでいっぱい、
   おてんと様ァ
金糸でもってヨ暗(くれ)ェ血色の、森の夢なざ
   ぐッと飲まァナ。

日暮になったら?……俺等(おいら)ァ帰(けえ)らァ、
   ずうッとつづいた白い路をョ、
ブラリブラリと道中(みちみち)草食う
   羊みてェに。

青草生(へ)ェてる果物畑は、
   しちくね曲った林檎の樹が、
遠方(えんぼう)からでも匂うがように、
   強ェ匂いをしてらァな!

やんがて俺等は村に著く、
   空が半分暗(くれ)ェ頃、
乳臭エ匂いがしていようわサ
   日暮の空気のそン中で、

臭エ寝藁で一杯(いっぺェ)の、
   牛小屋の匂いもするベェよ、
ゆっくりゆっくり息を吐エてヨ
   大ッきな背中ア

薄明(うすらあかり)で白ウくみえてヨ、
   向うを見ればョ
牝牛がおっぴらに糞(くそ)してらァな、
   歩きながらヨ。

祖母(ばば)は眼鏡ェかけ
   長(なげ)ェ鼻をョ
弥撒集(いのりぼん)に突ッ込み、鉛の箍の
   ビールの壺はョ

大きなパイプで威張りくさって
   突ン出た唇(くち)から煙を吐き吐き、
しょっちう吐ェてる奴等の前でヨ、
   泡を吹いてら、

突ン出た唇奴(くちめ)等もっともっとと、
   ハムに食い付き、
火は手摺附の寝台や
   長持なんぞを照らし出してヨ、

丸々太ってピカピカしている
   尻を持ってる腕白小僧は
膝ついて、茶碗の中に突っ込みやがらァ
   その生(なま)ッ白(ちれ)ェしやッ面(つら)を

その面(つら)を、小(ちひ)せェ声してブツクサ呟く
   も一人の小憎の鼻で撫でられ
その小僧奴の丸(まァる)い面(つら)に
   接唇とくらァ、

椅子の端ッこに黒くて赤(あけ)ェ
   恐ろし頭した
婆々(ばばあ)はいてサ、燠の前でヨ
   糸紡ぐ――

なんといろいろ見れるじゃねェかヨ、
   この荒家(あばらや)の中ときた日にャ、
焚火が明(あか)ァく、うすみっともねェ
   窓の硝子を照らす時!

紫丁香花(むらさきはしどい)咲いてる中の
   こざっぱりした住居じゃ住居
中じゃ騒ぎじゃ
   愉快な騒ぎ……

来なよ、来なってば、愛してやらあ、
   わるかあるめェ
来なッたら来なよ、来せェしたらだ……

      彼女曰く――

だって職業(しごと)はどうなンの?
          〔一五、八、一八七〇〕

※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

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