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2012年8月16日 (木)

中原中也が訳したランボー「キャバレ・ヹールにて」Au Cabaret-Vert

「キャバレ・ヹールにて」Au Cabaret-Vertも
末尾に、「1870年10月」の日付を持ち
なお、タイトルに、「午後5時」の時刻を持つということで
記録(ドキュメント)の性格が強く打ち出された作品といえるかもしれません。

1870年10月は、
ランボー2度目の放浪(出奔)が決行された時期です。

1870年                 16歳
10月7日(推定) 二度目のシャルルヴィル脱出。フュメ、シャルルロア等を経て、ブリュッセルに行く。
10月20日 イザンバール、ドゥエに帰宅。アルチュールの自作の詩を清書している。
10月末 ランボー夫人の依頼に応じ、イザンバール、アルチュールを警察の手にゆだねる。
12月31日 プロシア軍、メジエールを砲撃、アルチュールの友人ドラエーの家も焼ける。

1871年                 17歳
正月早々、メジエールとシャルルヴィル、プロシア軍に占領される。
1月26日 休戦条約締結。
2月25日 アルチュール、パリに滞在(3度目のシャルルヴィル脱出)。
※宇佐美斉訳「ランボー全詩集」巻末・略年譜より。洋数字に変換してあります。

金子光晴は放浪といい、
堀口大学は出奔といい、
宇佐美斉はシャルルヴィル脱出といいますが、
1870年に2度、1871年に1度、
計3度の故郷脱出をランボーは試みました。

「キャバレ・ヹールにて」は
2度目のシャルルヴィル脱出の時に作られたことが推定できますから、
キャバレーはブリュッセルを目指す途中で寄った
シャルルロアの店です。

1930年代アメリカの片田舎で
ボニーとクライドが邂逅(かいこう)した
映画「俺たちに明日はない」の冒頭シーンが
浮かんできてしまってどうしようもないのですが
キャバレー・ヴェールは
さらに60年も前のベルギー南部の
田舎っぽさの残る町の居酒屋です。

 *

 キャバレー・ヴェールにて
       午後の五時。

五六日前から、私の靴は、路の小石にいたんでいた、
私は、シャルルロワに、帰って来ていた。
キャバレー・ヴェールでバターサンドイッチと、ハムサンドイッチを私は取った、
ハムの方は少し冷え過ぎていた。

好い気持で、緑のテーブルの、下に脚を投出して、
私は壁掛布(かべかけ)の、いとも粗朴な絵を眺めてた。
そこへ眼の活々とした、乳房の大きく発達した娘(こ)が、
――とはいえ決していやらしくない!――

にこにこしながら、バターサンドイッチと、
ハムサンドイッチを色彩(いろどり)のある
皿に盛って運んで来たのだ。

桃と白とのこもごものハムは韮の球根(たま)の香放ち、
彼女はコップに、午後の陽をうけて
金と輝くビールを注いだ。
              〔一八七〇、十月〕

                
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

<新字・旧かな版>
 キャバレ・ヹールにて
       午後の五時。

五六日前から、私の靴は、路の小石にいたんでゐた、
私は、シャルルロワに、帰つて来てゐた。
キャバレ・ヹールでバタサンドヰッチと、ハムサンドヰッチを私は取つた、
ハムの方は少し冷え過ぎてゐた。

好い気持で、緑のテーブルの、下に脚を投出して、
私は壁掛布(かべかけ)の、いとも粗朴な絵を眺めてた。
そこへ眼の活々とした、乳房の大きく発達した娘(こ)が、
――とはいへ決していやらしくない!――

にこにこしながら、バタサンドヰッチと、
ハムサンドヰッチを色彩(いろどり)のある
皿に盛つて運んで来たのだ。

桃と白とのこもごものハムは韮の球根(たま)の香放ち、
彼女はコップに、午後の陽をうけて
金と輝くビールを注いだ。
              〔一八七〇、十月〕

※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

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