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2012年8月 4日 (土)

中原中也が訳したランボー「喜劇・三度の接唇」Comédie en trois baisersその2

「喜劇・三度の接唇」Comédie en trois baisersを
新字・新かな表記にして読んでみれば
古めかしい感じの「喜劇」が
少しは現代の若者たちにも近づいてきそうですが
まだまだ古めかしさはぬぐえそうもないので
いっそう現代語に近づけてみます。

喜劇・三度のキス

あの子はほとんど何にも着けていなかった、
大木は無鉄砲にも
窓ガラスに葉や枝をぶつけていた。
意地悪く、乱暴に。

ぼくの大きい椅子に座って、
半裸のあの子は、手を組んでいた。
床の上で嬉しげに
小さな足を震わせていた。

ぼくは見ていた、少々蒼ざめた顔で、
潅木の茂みにひそむ細かい光線が
あの子が微笑(する顔)や胸に飛び回るのを。
バラの木に蝿が戯れるように、

ぼくはあの子の、柔らかいくるぶしにキスした、
きまり悪げな長い笑いをかえすあの子、
その笑いは明るいトリルのようにこぼれた、
水晶のかけらのようだった。

小さな足をシュミーズの中に
引っ込めて(言った)、「邪魔なんでしょ!」
甘ったれた初めての無作法で、
あの子は笑って、罰する振りをする(だけ)。

可愛らしく、ぼくのくちびるの下でパチクリしていた
あの子の二つの眼に、ぼくはそっとキスした。
甘ったれて、あの子は後ろに頭を反らし、
「いいわよ」と言っているも同然!

「ねえ、あたし、ちょっとひとこと言いたいことあってよ」
ぼくはなおも胸にキスすると、
あの子はケタケタと笑い出した
安心した、ほがらかな笑いを……

あの子はほとんど何にも着けていなかった、
大木は無鉄砲にも
窓ガラスに葉や枝をぶつけていた。
意地悪く、乱暴に。

こうして再度読み返せば
さらに詩の中へ入った状態になれましたでしょうか。

喜劇=Comédiについての解説が
いろいろ流布(るふ)している中に
ダンテの「神曲」La Divina Commediaに遡るものもありますが
そこまで深く考えて
詩を見失わないように気をつけたほうがよいでしょう。

「喜劇」という語にも
足をすくわれないようにしたいものです。
喜劇も悲劇も人間劇には違いなく
その違いの学問は
詩を読むために邪魔になる場合があります。

男女のことは
いつもコメディーでしょうし
ラブもその響きがいつもつきまといますし
ランボーが狙いを定めているのも
そのあたりのようですから。

ついでに言っておけば
「三度」にも「永遠」ほどのニュアンスがあります。

 *

 喜劇・三度の接吻

彼女はひどく略装だった、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶッつけていた。
意地悪そうに、乱暴に。

私の大きい椅子に坐って、
半裸の彼女は、手を組んでいた。
床(ゆか)の上では嬉しげに
小さな足が顫えていた。

私は見ていた、少々顔を蒼くして、
灌木の茂みに秘(ひそ)む細かい光線が
彼女の微笑や彼女の胸にとびまわるのを。
薔薇の木に蠅が戯れるように、

私は彼女の、柔かい踝(くるぶし)に接吻した、
きまりわるげな長い笑いを彼女はした、
その笑いは明るい顫音符(トリロ)のようにこぼれた、
水晶の擢片(かけら)のようであった。

小さな足はシュミーズの中に
引ッ込んだ、『お邪魔でしょ!』
甘ったれた最初の無作法、
その笑は、罰する振りをする。

かあいそうに、私の唇(くち)の下で羽搏いていた
彼女の双の眼(め)、私はそおっと接吻けた。
甘ったれて、彼女は後方(うしろ)に頭を反らし、
『いいわよ』と言わんばかり!

『ねえ、あたし一寸言いたいことあってよ……』
私はなおも胸に接吻、
彼女はけたけた笑い出した
安心して、人の好い笑いを……

彼女はひどく略装だった、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶッつけていた
意地悪そうに、乱暴に。
          〔一八七〇、九月〕

※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

<新漢字・歴史的かな遣い版>
 喜劇・三度の接唇

彼女はひどく略装だつた、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた。
意地悪さうに、乱暴に。

私の大きい椅子に坐つて、
半裸の彼女は、手を組んでゐた。
床(ゆか)の上では嬉しげに
小さな足が顫へてゐた。

私は視てゐた、少々顔を蒼くして、
灌木の茂みに秘(ひそ)む細かい光線が
彼女の微笑や彼女の胸にとびまはるのを。
薔薇の木に蠅が戯れるやうに、

私は彼女の、柔かい踝(くるぶし)に接唇した、
きまりわるげな長い笑ひを彼女はした、
その笑ひは明るい顫音符(トリロ)のやうにこぼれた、
水晶の擢片(かけら)のやうであつた。

小さな足はシュミーズの中に
引ツ込んだ、『お邪魔でしよ!』
甘つたれた最初の無作法、
その笑は、罰する振りをする。

かあいさうに、私の唇(くち)の下で羽搏いてゐた
彼女の双の眼(め)、私はそおつと接唇けた。
甘つたれて、彼女は後方(うしろ)に頭を反らし、
『いいわよ』と云はんばかり!

『ねえ、あたし一寸云ひたいことあつてよ……』
私はなほも胸に接唇、
彼女はけた/\笑ひ出した
安心して、人の好い笑ひを……

彼女はひどく略装だつた、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた
意地悪さうに、乱暴に。
          〔一八七〇、九月〕

※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

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