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2012年8月 5日 (日)

中原中也が訳したランボー「喜劇・三度の接唇」Comédie en trois baisersその3

「喜劇・三度の接唇」Comédie en trois baisersを
現代の訳で読んでみましょう。

「新編中原中也全集」(角川書店)の編集委員でもある
宇佐美斉の訳は
フランス詩研究の最前線にいて
中原中也のランボー訳の研究を手がける
数少ない学者の仕事の一つとして秀逸です。

宇佐美斉がテキストにしているのは
「ドゥエ詩帖」収録のPrèmiere soiréeです。

初めての宵

《――彼女がすっかり肌をあらわにしていたので
ぶしつけな大きな大きな木々が
窓ガラスに葉叢(はむら)を伸ばしていた
ひやかすように ごく近く ごく近く

ぼくの大きな椅子に坐って
半裸の彼女は手を組んでいた
床の上では喜びにふるえていた
ほっそりと ほっそりとした彼女の小さな足が

――ぼくは見た 蝿のように血の気を失って
茂みを洩れるひとすじの光が
彼女の微笑みから乳房へと
ひらひら舞うのを――薔薇の木に蝿がまつわるように

――ぼくは口づけした 彼女の華奢な踝(くるぶし)に
彼女は粗野でやさしい笑いを洩らした
明るいトリルとなってこぼれ落ちる
水晶のきれいな笑いだった

かわいい足はシュミーズの下に
逃げ込んだ「よしてったらあ」
――最初の不作法はゆるされた
笑いが罰するふりをしていた

――かわいそうにぼくの唇の下でわなないている
彼女の双の眼に ぼくはそっと口づけした
――彼女は甘えるような顔をうしろへのけぞらせて
「あら なおさらいけないことよ……

ねえ ちょっとお小言をいわなくちゃ……」
――あとはやっとのこと彼女の胸に
口づけをあびせた すると彼女は笑い
笑いころげて 同意を示した……

――彼女がすっかり肌をあらわにしていたので
ぶしつけな大きな大きな木々が
窓ガラスに葉叢(はむら)を伸ばしていた
ひやかすように ごく近く ごく近く

(ちくま文庫「ランボー全詩集」より)

「 」の中の彼女のセリフがモダンです。
それに
中原中也の翻訳を現代語化したものと
たいへん似た調子が流れているのが感じられます。

 *

 喜劇・三度の接吻

彼女はひどく略装だった、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶッつけていた。
意地悪そうに、乱暴に。

私の大きい椅子に坐って、
半裸の彼女は、手を組んでいた。
床(ゆか)の上では嬉しげに
小さな足が顫えていた。

私は見ていた、少々顔を蒼くして、
灌木の茂みに秘(ひそ)む細かい光線が
彼女の微笑や彼女の胸にとびまわるのを。
薔薇の木に蠅が戯れるように、

私は彼女の、柔かい踝(くるぶし)に接吻した、
きまりわるげな長い笑いを彼女はした、
その笑いは明るい顫音符(トリロ)のようにこぼれた、
水晶の擢片(かけら)のようであった。

小さな足はシュミーズの中に
引ッ込んだ、『お邪魔でしょ!』
甘ったれた最初の無作法、
その笑は、罰する振りをする。

かあいそうに、私の唇(くち)の下で羽搏いていた
彼女の双の眼(め)、私はそおっと接吻けた。
甘ったれて、彼女は後方(うしろ)に頭を反らし、
『いいわよ』と言わんばかり!

『ねえ、あたし一寸言いたいことあってよ……』
私はなおも胸に接吻、
彼女はけたけた笑い出した
安心して、人の好い笑いを……

彼女はひどく略装だった、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶッつけていた
意地悪そうに、乱暴に。
          〔一八七〇、九月〕

※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

<新漢字・歴史的かな遣い版>
 喜劇・三度の接唇

彼女はひどく略装だつた、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた。
意地悪さうに、乱暴に。

私の大きい椅子に坐つて、
半裸の彼女は、手を組んでゐた。
床(ゆか)の上では嬉しげに
小さな足が顫へてゐた。

私は視てゐた、少々顔を蒼くして、
灌木の茂みに秘(ひそ)む細かい光線が
彼女の微笑や彼女の胸にとびまはるのを。
薔薇の木に蠅が戯れるやうに、

私は彼女の、柔かい踝(くるぶし)に接唇した、
きまりわるげな長い笑ひを彼女はした、
その笑ひは明るい顫音符(トリロ)のやうにこぼれた、
水晶の擢片(かけら)のやうであつた。

小さな足はシュミーズの中に
引ツ込んだ、『お邪魔でしよ!』
甘つたれた最初の無作法、
その笑は、罰する振りをする。

かあいさうに、私の唇(くち)の下で羽搏いてゐた
彼女の双の眼(め)、私はそおつと接唇けた。
甘つたれて、彼女は後方(うしろ)に頭を反らし、
『いいわよ』と云はんばかり!

『ねえ、あたし一寸云ひたいことあつてよ……』
私はなほも胸に接唇、
彼女はけた/\笑ひ出した
安心して、人の好い笑ひを……

彼女はひどく略装だつた、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた
意地悪さうに、乱暴に。
          〔一八七〇、九月〕

※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

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