中原中也が訳したランボー「喜劇・三度の接唇」Comédie en trois baisers
「喜劇・三度の接唇」Comédie en trois baisersも
イザンバール所蔵のランボー自筆原稿が残るほか
ドゥエ詩帖に「初めての宵」Prèmiere soiréeのタイトルのバリアントがあります。
この詩は、また、「三つの接吻」Trois baisersのタイトルで
パリの風刺新聞「ラ・シャルジュ」La Charge(1870年8月13日号)に発表されました。
(「新編中原中也全集」第3巻翻訳・解題篇より)
新字・新かな表記にして読んでみますが、
それだけでは古めかしさが残るので
意訳を加えます。
たとえば、タイトルの「接唇」を「接吻」とすれば
100年以上も前の男女が
現代に現われる感じになりますから。
◇
喜劇・三度の接吻
彼女はひどく質素な装いをしていた、
無鉄砲な大木は
窓ガラスに葉や枝をぶつけていた。
意地悪そうに、乱暴に。
私の大きい椅子に座って、
半裸の彼女は、手を組んでいた。
床の上では嬉しげに
小さな足が震えていた。
私は見ていた、少々顔を蒼くして、
潅木の茂みにひそむ細かい光線が
彼女の微笑(する顔)や彼女の胸に飛び回るのを。
バラの木に蝿が戯れるように、
私は彼女の、柔らかいくるぶしに接吻した、
きまり悪げな長い笑いを彼女はした、
その笑いは明るいトリルのようにこぼれた、
水晶のかけらのようであった。
小さな足はシュミーズの中に
引っ込んだ、「お邪魔でしょ!」
甘ったれた最初の無作法、
その笑いは、罰する振りをする。
かわいそうに、私のくちびるの下で羽ばたいていた
彼女の二つの眼、私はそっとキスした。
甘ったれて、彼女は後ろに頭を反らし、
「いいわよ」と言わんばかり!
「ねえ、あたし、ちょっとひとこと言いたいことあってよ」
私はなおも胸にキスし、
彼女はケタケタと笑い出した
安心して、人のよい笑いを……
彼女はひどく質素な装いをしていた、
無鉄砲な大木は
窓ガラスに葉や枝をぶつけていた。
意地悪そうに、乱暴に。
◇
こうして一通り読んで
輪郭がつかめた状態になります。
若い男女のラブであること以外
何もわかっていませんが
私と彼女のプロフィールだとか
経歴だとか職業だとか年齢だとか
そんなことは想像するしかありません。
勝手に想像して楽しめばよいのです。
初体験のことなのか
すでに何回目かのお楽しみなのか
冒頭と末尾のルフランにある
「ひどく略装だった」の意味が
ここに来て了解できたでしょうか。
第2連で「半裸」と訳されているとおり
彼女ははじめからほとんど素っ裸だったのです!
ランボーの導入を
中原中也は忠実に再現しようとしているのがわかります。
いきなり「彼女は素っ裸」としなかったのです。
◇
喜劇とはなんだろう
キスを3回したのか、などと
手探り状態は続きますが
1度読み、何度も繰り返し読んでいると
だんだん、詩が見えてきます。
*
喜劇・三度の接吻
彼女はひどく略装だった、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶッつけていた。
意地悪そうに、乱暴に。
私の大きい椅子に坐って、
半裸の彼女は、手を組んでいた。
床(ゆか)の上では嬉しげに
小さな足が顫えていた。
私は見ていた、少々顔を蒼くして、
灌木の茂みに秘(ひそ)む細かい光線が
彼女の微笑や彼女の胸にとびまわるのを。
薔薇の木に蠅が戯れるように、
私は彼女の、柔かい踝(くるぶし)に接吻した、
きまりわるげな長い笑いを彼女はした、
その笑いは明るい顫音符(トリロ)のようにこぼれた、
水晶の擢片(かけら)のようであった。
小さな足はシュミーズの中に
引ッ込んだ、『お邪魔でしょ!』
甘ったれた最初の無作法、
その笑は、罰する振りをする。
かあいそうに、私の唇(くち)の下で羽搏いていた
彼女の双の眼(め)、私はそおっと接吻けた。
甘ったれて、彼女は後方(うしろ)に頭を反らし、
『いいわよ』と言わんばかり!
『ねえ、あたし一寸言いたいことあってよ……』
私はなおも胸に接吻、
彼女はけたけた笑い出した
安心して、人の好い笑いを……
彼女はひどく略装だった、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶッつけていた
意地悪そうに、乱暴に。
〔一八七〇、九月〕
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
◇
<新漢字・歴史的かな遣い版>
喜劇・三度の接唇
彼女はひどく略装だつた、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた。
意地悪さうに、乱暴に。
私の大きい椅子に坐つて、
半裸の彼女は、手を組んでゐた。
床(ゆか)の上では嬉しげに
小さな足が顫へてゐた。
私は視てゐた、少々顔を蒼くして、
灌木の茂みに秘(ひそ)む細かい光線が
彼女の微笑や彼女の胸にとびまはるのを。
薔薇の木に蠅が戯れるやうに、
私は彼女の、柔かい踝(くるぶし)に接唇した、
きまりわるげな長い笑ひを彼女はした、
その笑ひは明るい顫音符(トリロ)のやうにこぼれた、
水晶の擢片(かけら)のやうであつた。
小さな足はシュミーズの中に
引ツ込んだ、『お邪魔でしよ!』
甘つたれた最初の無作法、
その笑は、罰する振りをする。
かあいさうに、私の唇(くち)の下で羽搏いてゐた
彼女の双の眼(め)、私はそおつと接唇けた。
甘つたれて、彼女は後方(うしろ)に頭を反らし、
『いいわよ』と云はんばかり!
『ねえ、あたし一寸云ひたいことあつてよ……』
私はなほも胸に接唇、
彼女はけた/\笑ひ出した
安心して、人の好い笑ひを……
彼女はひどく略装だつた、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた
意地悪さうに、乱暴に。
〔一八七〇、九月〕
※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
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