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2012年8月18日 (土)

中原中也が訳したランボー「花々しきサールブルックの勝利」L’Éclatante Victoire de Sarresbruck

「花々しきサールブルックの勝利」L’Éclatante Victoire de Sarresbruckは
中原中也の訳では
「『皇帝万歳!』の叫び共に勝ち得られたる」のサブタイトルがある詩ですが
ほとんどの訳はサブタイトルを省略しているか
序詞「35サンチームでシャルルロワで売っている色鮮かなベルギー絵草紙」と同格にするなど
タイトルへの直接的修飾を避けています。

1870年8月2日に、
フランス軍がプロシア軍を初めて破った
ザールブルックの戦いを
皮肉交じりに歌った作品です。

ザールブルックは
ドイツのフランス国境近くの町で
ザールブリュッケンがドイツ語読み。

三十五サンチームにてシャルルロワで売っている色鮮かなベルギー絵草紙
――と序詞があるように、
35サンチームで売られている絵草紙に描かれた
フランス皇帝の勝利の行進の様子ですが
フランス軍の現実の勝利が
絵草紙さながら安っぽい誇大宣伝であったことを訴えました。
(1サンチームは、100分の1フラン。)

青や黄の、礼讃の中を皇帝は、
燦たる馬に跨って、厳(いか)しく進む、
――は、戯画のような光景として歌われているのです。

現代語化して読んでおきます。

「皇帝万歳!」の叫びとともに勝ち得られた
花々しきザールブルックの勝利

   35サンチームでシャルルロワで売っている色鮮かなベルギー絵草紙

青や黄の、礼讃の中を皇帝は、
燦然と、馬に跨って、厳そかに進む、
嬉しげだ、――今彼の眼には万事がよい、――
残虐なのはゼウスのよう、優しいのは慈父のよう、か。

下の方には、歩兵たち、金色(こんじき)の太鼓の近く
赤色(せきしょく)の大砲(ほづつ)の近く、この今まで昼寝をしていたが、
これからやおら起き上る。ピトーは上衣を着終って、
皇帝の方に振り向いて、大いなる名に茫然自失(ぼんやり)している。

右方には、デュマネーが、シャスポー銃に凭(もた)れかかり、
丸刈の襟首(えりくび)が、顫えわななくのを感じている、
そして、「皇帝万歳!」を唱える。その隣りの男はおし黙っている。

軍帽はあたかも黒い太陽だ!――その真ン中に、赤と青とで彩色された
とても朴訥なボキヨンは、腹を突き出し、ドッカと立って、
後方部隊を前に出しながら、「何のためだ?……」と言ってるようだ。
                   〔一八七〇、十月〕

「贏」とか「捷利」の「捷」とかが、
現在の常用漢字にないのは
中原中也の与り知らぬことですが、
わざわざ難漢字・難熟語を使ったのは
これも風刺・揶揄(やゆ)を込めたからでしょうか。

この詩の中に登場するのは
当時、大衆的人気のあったキャラクターらしく
ビトーは、茫然自失(ぼんやり)しているし、
デュマネーは、丸刈の襟首(えりくび)が、顫えわななくのを感じているし、
ボヨキンは、「何のためだ?……」と言ってるようだし、
みんなが皇帝の凱旋(がいせん)にソッポを向いているのですね。

このあたりが
味わいどころです。

 *

 『皇帝万歳!』の叫び共に勝ち得られたる
 花々しきサールブルックの勝利

   三十五サンチームにてシャルルロワで売っている色鮮かなベルギー絵草紙

青や黄の、礼讃の中を皇帝は、
燦たる馬に跨って、厳(いか)しく進む、
嬉しげだ、――今彼の眼(め)には万事が可(よ)い、――
残虐なることゼウスの如く、優しきこと慈父の如しか。

下の方には、歩兵達、金色(こんじき)の太鼓の近く
赤色(せきしょく)の大砲(ほづつ)の近く、今し昼寝をしていたが、
これからやおら起き上る。ピトーは上衣を着終って、
皇帝の方に振向いて、偉(おお)いなる名に茫然自失(ぼんやり)している。

右方には、デュマネーが、シャスポー銃に凭(もた)れかかり、
丸刈の襟首(えりくび)が、顫えわななくのを感じている、
そして、『皇帝万歳!』を唱える。その隣りの男は押黙っている。

軍帽は恰も黒い太陽だ!――その真ン中に、赤と青とで彩色された
いと朴訥なボキヨンは、腹を突き出し、ドッカと立って、
後方部隊を前に出しながら、『何のためだ?……』と言ってるようだ。
                   〔一八七〇、十月〕

                
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

<新漢字・歴史的かな遣い版>
 『皇帝万歳!』の叫び共に贏ち得られたる
 花々しきサアルブルックの捷利

   三十五サンチームにてシャルルロワで売つてゐる色鮮かなベルギー絵草紙

青や黄の、礼讃の中を皇帝は、
燦たる馬に跨つて、厳(いか)しく進む、
嬉しげだ、――今彼の眼(め)には万事が可(よ)い、――
残虐なることゼウスの如く、優しきこと慈父の如しか。

下の方には、歩兵達、金色(こんじき)の太鼓の近く
赤色(せきしよく)の大砲(ほづつ)の近く、今し昼寝をしてゐたが、
これからやをら起き上る。ピトウは上衣を着終つて、
皇帝の方に振向いて、偉(おほ)いなる名に茫然自失(ぼんやり)してゐる。

右方には、デュマネエが、シャスポー銃に凭(もた)れかゝり、
丸刈の襟頸(えりくび)が、顫へわななくのを感じてゐる、
そして、『皇帝万歳!』を唱へる。その隣りの男は押黙つてゐる。

軍帽は恰も黒い太陽だ!――その真ン中に、赤と青とで彩色された
いと朴訥なボキヨンは、腹を突き出し、ドツカと立つて、
後方部隊を前に出しながら、『何のためだ?……』と云つてるやうだ。
                   〔一八七〇、十月〕

※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

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