中原中也が訳したランボー「花々しきサールブルックの勝利」L’Éclatante Victoire de Sarresbruck
「花々しきサールブルックの勝利」L’Éclatante Victoire de Sarresbruckは
中原中也の訳では
「『皇帝万歳!』の叫び共に勝ち得られたる」のサブタイトルがある詩ですが
ほとんどの訳はサブタイトルを省略しているか
序詞「35サンチームでシャルルロワで売っている色鮮かなベルギー絵草紙」と同格にするなど
タイトルへの直接的修飾を避けています。
1870年8月2日に、
フランス軍がプロシア軍を初めて破った
ザールブルックの戦いを
皮肉交じりに歌った作品です。
ザールブルックは
ドイツのフランス国境近くの町で
ザールブリュッケンがドイツ語読み。
◇
三十五サンチームにてシャルルロワで売っている色鮮かなベルギー絵草紙
――と序詞があるように、
35サンチームで売られている絵草紙に描かれた
フランス皇帝の勝利の行進の様子ですが
フランス軍の現実の勝利が
絵草紙さながら安っぽい誇大宣伝であったことを訴えました。
(1サンチームは、100分の1フラン。)
青や黄の、礼讃の中を皇帝は、
燦たる馬に跨って、厳(いか)しく進む、
――は、戯画のような光景として歌われているのです。
◇
現代語化して読んでおきます。
◇
「皇帝万歳!」の叫びとともに勝ち得られた
花々しきザールブルックの勝利
35サンチームでシャルルロワで売っている色鮮かなベルギー絵草紙
青や黄の、礼讃の中を皇帝は、
燦然と、馬に跨って、厳そかに進む、
嬉しげだ、――今彼の眼には万事がよい、――
残虐なのはゼウスのよう、優しいのは慈父のよう、か。
下の方には、歩兵たち、金色(こんじき)の太鼓の近く
赤色(せきしょく)の大砲(ほづつ)の近く、この今まで昼寝をしていたが、
これからやおら起き上る。ピトーは上衣を着終って、
皇帝の方に振り向いて、大いなる名に茫然自失(ぼんやり)している。
右方には、デュマネーが、シャスポー銃に凭(もた)れかかり、
丸刈の襟首(えりくび)が、顫えわななくのを感じている、
そして、「皇帝万歳!」を唱える。その隣りの男はおし黙っている。
軍帽はあたかも黒い太陽だ!――その真ン中に、赤と青とで彩色された
とても朴訥なボキヨンは、腹を突き出し、ドッカと立って、
後方部隊を前に出しながら、「何のためだ?……」と言ってるようだ。
〔一八七〇、十月〕
◇
「贏」とか「捷利」の「捷」とかが、
現在の常用漢字にないのは
中原中也の与り知らぬことですが、
わざわざ難漢字・難熟語を使ったのは
これも風刺・揶揄(やゆ)を込めたからでしょうか。
◇
この詩の中に登場するのは
当時、大衆的人気のあったキャラクターらしく
ビトーは、茫然自失(ぼんやり)しているし、
デュマネーは、丸刈の襟首(えりくび)が、顫えわななくのを感じているし、
ボヨキンは、「何のためだ?……」と言ってるようだし、
みんなが皇帝の凱旋(がいせん)にソッポを向いているのですね。
このあたりが
味わいどころです。
*
『皇帝万歳!』の叫び共に勝ち得られたる
花々しきサールブルックの勝利
三十五サンチームにてシャルルロワで売っている色鮮かなベルギー絵草紙
青や黄の、礼讃の中を皇帝は、
燦たる馬に跨って、厳(いか)しく進む、
嬉しげだ、――今彼の眼(め)には万事が可(よ)い、――
残虐なることゼウスの如く、優しきこと慈父の如しか。
下の方には、歩兵達、金色(こんじき)の太鼓の近く
赤色(せきしょく)の大砲(ほづつ)の近く、今し昼寝をしていたが、
これからやおら起き上る。ピトーは上衣を着終って、
皇帝の方に振向いて、偉(おお)いなる名に茫然自失(ぼんやり)している。
右方には、デュマネーが、シャスポー銃に凭(もた)れかかり、
丸刈の襟首(えりくび)が、顫えわななくのを感じている、
そして、『皇帝万歳!』を唱える。その隣りの男は押黙っている。
軍帽は恰も黒い太陽だ!――その真ン中に、赤と青とで彩色された
いと朴訥なボキヨンは、腹を突き出し、ドッカと立って、
後方部隊を前に出しながら、『何のためだ?……』と言ってるようだ。
〔一八七〇、十月〕
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
◇
<新漢字・歴史的かな遣い版>
『皇帝万歳!』の叫び共に贏ち得られたる
花々しきサアルブルックの捷利
三十五サンチームにてシャルルロワで売つてゐる色鮮かなベルギー絵草紙
青や黄の、礼讃の中を皇帝は、
燦たる馬に跨つて、厳(いか)しく進む、
嬉しげだ、――今彼の眼(め)には万事が可(よ)い、――
残虐なることゼウスの如く、優しきこと慈父の如しか。
下の方には、歩兵達、金色(こんじき)の太鼓の近く
赤色(せきしよく)の大砲(ほづつ)の近く、今し昼寝をしてゐたが、
これからやをら起き上る。ピトウは上衣を着終つて、
皇帝の方に振向いて、偉(おほ)いなる名に茫然自失(ぼんやり)してゐる。
右方には、デュマネエが、シャスポー銃に凭(もた)れかゝり、
丸刈の襟頸(えりくび)が、顫へわななくのを感じてゐる、
そして、『皇帝万歳!』を唱へる。その隣りの男は押黙つてゐる。
軍帽は恰も黒い太陽だ!――その真ン中に、赤と青とで彩色された
いと朴訥なボキヨンは、腹を突き出し、ドツカと立つて、
後方部隊を前に出しながら、『何のためだ?……』と云つてるやうだ。
〔一八七〇、十月〕
※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
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