中原中也が訳したランボー「災難」Le Malその3
「災難」Le Malで
ランボーが歌っているのは
戦争の被害者のことですが
それは同時に受益者への痛烈な風刺でもあります。
被害を受ける存在と
利益を受ける存在という明快さ。
中原中也の訳は
受益者として二つの存在、
被害者として二つの存在を
くっきりと浮かばせます。
◇
第1連で、
その散弾を嘲笑(あざわら)っている、王の近くで
軍隊は、みるみるうちに崩れていく。
――というように、王と軍隊
弟2連では、
造物主である自然(おまえ)として現われ、
第3連では、
聖堂で笑っている神様、
第4連では、
泣きながら2スー銅貨をハンカチの
中から取り出し奉納する時、開眼するのは神様だ
――というように、
泣きながら賽銭(さいせん)を取り出す母親たちと
その時ばかりは、目をぱっちり開ける神様
開眼する、とは!
なんとズバリと決まった訳語!
皮肉が見事に効いています。
◇
王と軍隊と、
泣く母親たちと笑い、開眼する神様
*
<現代表記>
災難
散弾の、赤い泡沫(しぶき)が、ひもすがら
青空の果てで、鳴っている時、
その散弾を嘲笑(あざわら)っている、王の近くで
軍隊は、みるみるうちに崩れていく。
狂気の沙汰がつき砕き
幾数万の人間の血ぬれの堆積(やま)を作る時、
――哀れな死者らは、自然よおまえの夏の中、草の中、歓喜の中、
かつてこれらの人間を、作ったのもおお自然(おまえ)!――
祭壇の、緞子(どんす)の上で香(こう)を焚き
聖餐杯(せいさんはい)を前にして、笑っているのは神様だ、
ホザナの声に揺られて眠り、
悩みにすくんだ母親たちが、古い帽子のその下で
泣きながら2スー銅貨をハンカチの
中から取り出し奉納する時、開眼するのは神様だ
〔一八七〇、十月〕
*
<新字・新かな版>
災難
霰弾の、赤い泡沫(しぶき)が、ひもすがら
青空の果で、鳴っている時、
その霰弾を嘲笑(あざわら)っている、王の近くで
軍隊は、みるみるうちに崩れてゆく。
狂気の沙汰が搗き砕き
幾数万の人間の血ぬれの堆積(やま)を作る時、
――哀れな死者等は、自然よおまえの夏の中、草の中、歓喜の中、
甞てこれらの人間を、作ったのもおお自然(おまえ)!――
祭壇の、緞子の上で香を焚き
聖餐杯を前にして、笑っているのは神様だ、
ホザナの声に揺られて睡り、
悩みにすくんだ母親達が、古い帽子のその下で
泣きながら二スウ銅貨をハンケチの
中から取り出し奉献する時、開眼するのは神様だ
〔一八七〇、十月〕
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
*
<新字・旧かな版>
災難
霰弾の、赤い泡沫(しぶき)が、ひもすがら
青空の果で、鳴つてゐる時、
その霰弾を嘲笑(あざわら)つてゐる、王の近くで
軍隊は、みるみるうちに崩れてゆく。
狂気の沙汰が搗き砕き
幾数万の人間の血ぬれの堆積(やま)を作る時、
――哀れな死者等は、自然よおまへの夏の中、草の中、歓喜の中、
甞てこれらの人間を、作つたのもおゝ自然(おまえ)!――
祭壇の、緞子の上で香を焚き
聖餐杯を前にして、笑つてゐるのは神様だ、
ホザナの声に揺られて睡り、
悩みにすくんだ母親達が、古い帽子のその下で
泣きながら二スウ銅貨をハンケチの
中から取り出し奉献する時、開眼するのは神様だ
〔一八七〇、十月〕
※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
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