中原中也が訳したランボー「いたずら好きな女」Le Maline
「いたずら好きな女」Le Malineの末尾には
「シャルルロアにて、1870、10月。」とあり、
「キャバレ・ヹールにて」
「花々しきサアルブルックの勝利」
――と「シャルルロア詩篇」と呼んで差し支えない作品が3作続きます。
そして、この作品は、
中原中也訳「ランボオ詩集」の「追加篇」の末尾に配置された
最後のランボー作品です。
――と、当たり前のようなことを
なぜ、言うかというと……。
◇
中原中也が「ランボオ詩集」を翻訳発行するとき、
小林秀雄から渡されていた「失われた毒薬」というフランス語詩を
「初期詩篇」でもなく
「飾画篇」でもなく
「追加篇」でもなく
「附録」として、巻末に収録したのは
このとき、ランボーの作品であるかどうかが不明だったからです。
この異例ともいうべき収録については
「後記」に記されてありますが
中原中也没後、現在に至るまでには、
ランボー研究は進化し
「失われた毒薬」がランボー作品ではないことがほぼ確定しています。
◇
「いたずら好きな女」が「追加篇」の末尾にあり、
現在ではジェルマン・ヌーボーの作品であることが判明している「失われた毒薬」が
付録として「いたずら好きの女」の次に置かれ
「後記」に続く形となっているのはこうした事情からです。
◇
ところで
第2次ベリション版「ランボー著作集」を原典としている中原中也訳は、
すべての詩の完訳ではなく、
計12篇が収録されていません。
◇
中原中也訳「ランボオ詩集」に収録されていない12篇は、
以下の通りです。
① 翻訳されていながら収録されなかった4篇
「ソネット」
「眩惑」
「ブリュッセル」
「黄金期」
② 翻訳されていない8篇
「税官吏」Les Douaniers
「パリの軍歌」Chant de guerre parisien
「パリは再び大賑わい」Paris se repeuple
「記憶」Mémoire
「運動」Mouvement
「鍛冶屋」Le Forgeron
「ぼくのかわいい恋人たち」Mes petites amoureuses
「正義の人」L’Homme juste
(※タイトル訳出は宇佐美斉による。「新編中原中也全集」第3巻 翻訳・解題篇より。)
この中の「正義の人」が
第2次ベリション版「ランボー著作集」の巻末詩です。
*
いたずら好きな女
ワニスと果物の匂いのする、
褐色の食堂の中に、思う存分
名も知れぬベルギー料理を皿に盛り、
私はひどく大きい椅子に埋まっていた。
食べながら、大時計(オルロージュ)の音を聞き、好い気持でジッとしていた。
サッとばかりに料理場の扉(と)が開くと、
女中が出て来た、何事だろう、
とにかく下手な襟掛をして、ベルギー・レースを冠っている。
そして小さな顫える指で、
桃の肌えのその頬を絶えずさわって、
子供のようなその口はとンがらせている、
彼女は幾つも私の近くに、皿を並べて私に媚びる。
それからこんなに、――接唇(くちずけ)してくれと云わんばかりに――
小さな声で、『ねえ、あたし頬(ほっぺた)に風邪引いちゃってよ……』
シヤルルロワにて、一八七〇、十月。
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新字・新かなで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
◇
<新漢字・歴史的かな遣いによる>
いたづら好きな女
ワニスと果物の匂ひのする、
褐色の食堂の中に、思ふ存分
名も知れぬベルギー料理を皿に盛り、
私はひどく大きい椅子に埋まつてゐた。
食べながら、大時計(オルロージュ)の音を聞き、好い気持でジツとしてゐた。
サツとばかりに料理場の扉(と)が開くと、
女中が出て来た、何事だらう、
とにかく下手な襟掛をして、ベルギー・レースを冠つてゐる。
そして小さな顫へる指で、
桃の肌へのその頬を絶えずさはつて、
子供のやうなその口はとンがらせてゐる、
彼女は幾つも私の近くに、皿を並べて私に媚びる。
それからこんなに、――接唇(くちづけ)してくれと云はんばかりに――
小さな声で、『ねえ、あたし頬(ほつぺた)に風邪引いちやつてよ……』
シヤルルロワにて、一八七〇、十月。
※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
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