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2012年8月19日 (日)

中原中也が訳したランボー「いたずら好きな女」Le Maline

「いたずら好きな女」Le Malineの末尾には
「シャルルロアにて、1870、10月。」とあり、
「キャバレ・ヹールにて」
「花々しきサアルブルックの勝利」
――と「シャルルロア詩篇」と呼んで差し支えない作品が3作続きます。

そして、この作品は、
中原中也訳「ランボオ詩集」の「追加篇」の末尾に配置された
最後のランボー作品です。

――と、当たり前のようなことを
なぜ、言うかというと……。

中原中也が「ランボオ詩集」を翻訳発行するとき、
小林秀雄から渡されていた「失われた毒薬」というフランス語詩を
「初期詩篇」でもなく
「飾画篇」でもなく
「追加篇」でもなく
「附録」として、巻末に収録したのは
このとき、ランボーの作品であるかどうかが不明だったからです。

この異例ともいうべき収録については
「後記」に記されてありますが
中原中也没後、現在に至るまでには、
ランボー研究は進化し
「失われた毒薬」がランボー作品ではないことがほぼ確定しています。

「いたずら好きな女」が「追加篇」の末尾にあり、
現在ではジェルマン・ヌーボーの作品であることが判明している「失われた毒薬」が
付録として「いたずら好きの女」の次に置かれ
「後記」に続く形となっているのはこうした事情からです。

ところで
第2次ベリション版「ランボー著作集」を原典としている中原中也訳は、
すべての詩の完訳ではなく、
計12篇が収録されていません。

中原中也訳「ランボオ詩集」に収録されていない12篇は、
以下の通りです。

① 翻訳されていながら収録されなかった4篇
「ソネット」
「眩惑」
「ブリュッセル」
「黄金期」

② 翻訳されていない8篇
「税官吏」Les Douaniers
「パリの軍歌」Chant de guerre parisien
「パリは再び大賑わい」Paris se repeuple
「記憶」Mémoire
「運動」Mouvement
「鍛冶屋」Le Forgeron
「ぼくのかわいい恋人たち」Mes petites amoureuses
「正義の人」L’Homme juste
(※タイトル訳出は宇佐美斉による。「新編中原中也全集」第3巻 翻訳・解題篇より。)

この中の「正義の人」が
第2次ベリション版「ランボー著作集」の巻末詩です。

 *

 いたずら好きな女

ワニスと果物の匂いのする、
褐色の食堂の中に、思う存分
名も知れぬベルギー料理を皿に盛り、
私はひどく大きい椅子に埋まっていた。

食べながら、大時計(オルロージュ)の音を聞き、好い気持でジッとしていた。
サッとばかりに料理場の扉(と)が開くと、
女中が出て来た、何事だろう、
とにかく下手な襟掛をして、ベルギー・レースを冠っている。

そして小さな顫える指で、
桃の肌えのその頬を絶えずさわって、
子供のようなその口はとンがらせている、

彼女は幾つも私の近くに、皿を並べて私に媚びる。
それからこんなに、――接唇(くちずけ)してくれと云わんばかりに――
小さな声で、『ねえ、あたし頬(ほっぺた)に風邪引いちゃってよ……』
               シヤルルロワにて、一八七〇、十月。
                
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新字・新かなで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

<新漢字・歴史的かな遣いによる>
 いたづら好きな女

ワニスと果物の匂ひのする、
褐色の食堂の中に、思ふ存分
名も知れぬベルギー料理を皿に盛り、
私はひどく大きい椅子に埋まつてゐた。

食べながら、大時計(オルロージュ)の音を聞き、好い気持でジツとしてゐた。
サツとばかりに料理場の扉(と)が開くと、
女中が出て来た、何事だらう、
とにかく下手な襟掛をして、ベルギー・レースを冠つてゐる。

そして小さな顫へる指で、
桃の肌へのその頬を絶えずさはつて、
子供のやうなその口はとンがらせてゐる、

彼女は幾つも私の近くに、皿を並べて私に媚びる。
それからこんなに、――接唇(くちづけ)してくれと云はんばかりに――
小さな声で、『ねえ、あたし頬(ほつぺた)に風邪引いちやつてよ……』
               シヤルルロワにて、一八七〇、十月。

※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

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