中原中也が訳したランボー「シーザーの激怒」Rages de Césarその2
「シーザーの激怒」Rages de Césarで
顔面蒼白の男、シーザー
すなわちナポレオン3世はどこにいるか――。
チュイルリー宮殿でもなく
サン・クルーの離宮でもなく
黒衣を装い、葉巻をくわえて歩むのは……
1870年9月2日、スダン陥落に際して、
ナポレオン3世はプロシア軍の捕虜となり、
そのとき幽閉されたヴィルヘルムスヘーエ城の庭園といわれています。
(宇佐美斉訳「ランボー全詩集」脚注)
◇
ということまで分かれば
囚われの身になった原因の一つが教父で
そのことで教父を恨んでいる、という構図が見えますが
その事実があったのか
あったとすれば
それほどはっきりした歴史的事実に基いた詩というのにも
驚かされます。
◇
<現代語訳による>
シーザーの激怒
顔面蒼白の男が、花咲く園を、
黒衣に身を包み、葉巻をくわえて歩んでいる。
蒼白の顔で、チュイルリーの花々(女たち、とりわけ皇后)を思っている。
曇った目に、時々、険しさがみなぎる。
皇帝は、過去20年間に行った饗宴の数々にうんざりしている。
前から彼は思っている、俺は自由なんて吹き消してしまおう、
うまい具合に、ろうそくの火のように、と。
自由がまた生まれて、彼は、茫然としていた。
彼は憑かれていた。その結ばれた口びるに、
誰の名前が震えていたか? 何がそんなに口惜しかったか?
誰にも、それは分からない、もともと皇帝の目は曇っていた。
おそらくはメガネをかけたあの教父、教父のことを恨んでいた、
――サン・クルーの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるように
くわえた葉巻から立ちのぼる、煙をジッと見すえながら。
1870年10月
◇
「激怒」とは何だろう、という疑問が残りますが、
それを考えさせるのが
この詩の狙いかもしれません。
*
<新字・新かな版>
シーザーの激怒
蒼ざめた男、花咲く芝生の中を、
黒衣を着け、葉巻咥えて歩いている。
蒼ざめた男はチュイルリの花を思う、
曇ったその眼(め)は、時々烈しい眼付をする。
皇帝は、過ぐる二十年間の大饗宴に飽き飽きしている。
かねがね彼は思っている、俺は自由を吹消そう、
うまい具合に、臘燭のようにと。
自由が再び生れると、彼は全くがっかりしていた。
彼は憑かれた。その結ばれた唇の上で、
誰の名前が顫えていたか? 何を口惜(くや)しく思っていたか?
誰にもそれは分らない、とまれ皇帝の眼(め)は曇っていた。
恐らくは眼鏡を掛けたあの教父、教父の事を恨んでいた、
――サン・クルウの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるよう
その葉巻から立ち昇る、煙にジッと眼(め)を据えながら。
〔一八七〇、十月〕
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
◇
<新字・旧かな版>
シーザーの激怒
蒼ざめた男、花咲く芝生の中を、
黒衣を着け、葉巻咥へて歩いてゐる。
蒼ざめた男はチュイルリの花を思ふ、
曇つたその眼(め)は、時々烈しい眼付をする。
皇帝は、過ぐる二十年間の大饗宴に飽き/\してゐる。
かねがね彼は思つてゐる、俺は自由を吹消さう、
うまい具合に、臘燭のやうにと。
自由が再び生れると、彼は全くがつかりしてゐた。
彼は憑かれた。その結ばれた唇の上で、
誰の名前が顫へてゐたか? 何を口惜(くや)しく思つてゐたか?
誰にもそれは分らない、とまれ皇帝の眼(め)は曇つてゐた。
恐らくは眼鏡を掛けたあの教父、教父の事を恨んでゐた、
――サン・クルウの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるやう
その葉巻から立ち昇る、煙にジツと眼(め)を据ゑながら。
〔一八七〇、十月〕
※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
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