中原中也が訳したランボー「シーザーの激怒」Rages de César
「シーザーの激怒」Rages de Césarは
古代ローマ皇帝、シーザーに喩えて
時の第2帝政の皇帝、ナポレオン3世を風刺した作品。
ナポレオン3世は
ナポレオン・ボナパルトの弟ルイの息子として生まれ、
1848年から1852年まで第2共和制の大統領、
1852年から1870年まで第2帝政の皇帝として在位、
この詩をランボーが作った当時は、
対プロシャ戦争を指揮する最高責任者ですから
相当、危険な内容でした。
◇
顔面蒼白の男が、花咲く園を、
黒衣に身を包み、葉巻をくわえて歩んでいる。
蒼白の顔で、チュイルリーの花々(女たち、とりわけ皇后)を思っている。
曇った目に、時々、険しさがみなぎる。
皇帝は、過去20年間に行った饗宴の数々にうんざりしている。
前から彼は思っている、俺は自由なんて吹き消してしまおう、
うまい具合に、ろうそくの火のように、と。
自由がまた生まれて、彼は、茫然としていた。
彼は憑かれていた。その結ばれた口びるに、
誰の名前が震えていたか? 何がそんなに口惜しかったか?
誰にも、それは分からない、もともと皇帝の目は曇っていた。
おそらくはメガネをかけたあの教父、教父のことを恨んでいた、
――サン・クルーの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるように
くわえた葉巻から立ちのぼる、煙をジッと見すえながら。
1870年10月
◇
チュイルリーは、パリのチュイルリー宮殿のこと。1564年にカトリーヌ・ド・メディシスにより建てられ、1871年のパリ・コミューンで火災にあい、倒壊した。
サン・クルーは、パリ近郊にあったナポレオン3世の離宮のこと。
◇
1870年には、帝政は崩壊寸前
プロシャとの戦争は敗北が火を見るより明きらか。
そんな時、
花咲く庭園を
葉巻をくわえて散策する皇帝は
巻き起こる自由の声をつぶそうとし、
教父のヤツを憎々しく思っていた。
くゆらせた葉巻の煙が立ちのぼるのを
ジッと見つめながら。
ここに登場する教父は
プロシャに宣戦布告した当時の宰相エミール・オリヴィエのことで
原語Compereには「相棒」の意味があるそうです。
(「新編中原中也全集」第3巻 翻訳・本文篇)
◇
ナポレオン3世が
教父を恨んだ理由は分かりませんが
ランボーは
仲間割れの事実を知っていたのでしょうか、
知らなくても
皇帝も教父も「同じ穴のムジナ」ですから
皮肉な眼差しを送っても不思議ではありません。
*
シーザーの激怒
蒼ざめた男、花咲く芝生の中を、
黒衣を着け、葉巻咥えて歩いている。
蒼ざめた男はチュイルリの花を思う、
曇ったその眼(め)は、時々烈しい眼付をする。
皇帝は、過ぐる二十年間の大饗宴に飽き飽きしている。
かねがね彼は思っている、俺は自由を吹消そう、
うまい具合に、臘燭のようにと。
自由が再び生れると、彼は全くがっかりしていた。
彼は憑かれた。その結ばれた唇の上で、
誰の名前が顫えていたか? 何を口惜(くや)しく思っていたか?
誰にもそれは分らない、とまれ皇帝の眼(め)は曇っていた。
恐らくは眼鏡を掛けたあの教父、教父の事を恨んでいた、
――サン・クルウの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるよう
その葉巻から立ち昇る、煙にジッと眼(め)を据えながら。
〔一八七〇、十月〕
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
◇
<新漢字・歴史的かな遣い版>
シーザーの激怒
蒼ざめた男、花咲く芝生の中を、
黒衣を着け、葉巻咥へて歩いてゐる。
蒼ざめた男はチュイルリの花を思ふ、
曇つたその眼(め)は、時々烈しい眼付をする。
皇帝は、過ぐる二十年間の大饗宴に飽き/\してゐる。
かねがね彼は思つてゐる、俺は自由を吹消さう、
うまい具合に、臘燭のやうにと。
自由が再び生れると、彼は全くがつかりしてゐた。
彼は憑かれた。その結ばれた唇の上で、
誰の名前が顫へてゐたか? 何を口惜(くや)しく思つてゐたか?
誰にもそれは分らない、とまれ皇帝の眼(め)は曇つてゐた。
恐らくは眼鏡を掛けたあの教父、教父の事を恨んでゐた、
――サン・クルウの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるやう
その葉巻から立ち昇る、煙にジツと眼(め)を据ゑながら。
〔一八七〇、十月〕
※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
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