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2012年8月 9日 (木)

中原中也が訳したランボー「冬の思い」Rêvé pour I’hiver

「冬の思い」Rêvé pour I’hiverは
「1870年10月7日」の日付けを持つ詩です。

1870年という年にランボーは
どのような暮らしをしていたか
ここで少し年譜をひもといておきます。

1870年10月20日に16歳になります。
普仏戦争が起こった年です。

8月29日、パリへ出奔。その傍若無人な挑戦的態度と言行によって警吏を怒らせ、ために数日間牢獄につながる。イザンバールの救援により出獄、伴われてドウエなる師の家に約半カ月とどまる。母のせつなる請いを容れ、9月27日不本意ながらシャルルヴィルなる生家へ帰る。

10月7日、徒歩ベルギーへむかってまたまた出奔、ふたたびイザンバールに伴われて11月2日帰家。

シャルルヴィルにとどまる。
エルネスト・ドラエと交わる。
凡俗な地方人に対する嫌悪の情いよいよつのる。

――と記すのは、堀口大学訳「ランボー詩集」(新潮文庫)巻末の「ランボー略伝」です。

この略伝中に「10月7日、徒歩ベルギーへむかってまたまた出奔」とある日と
「冬の思い」末尾に記された日付けが一致しますから
「2度目の出奔」の時に
この詩が作られたものと見て間違いはありません。

ランボー詩に
放浪詩篇と呼ばれている一群の詩がありますが
「冬の思い」もその一つということになります。

 *

 冬の思い

僕等冬には薔薇色の、車に乗って行きましょう
    中には青のクッションが、一杯の。
僕等仲良くするでしょう。とりとめもない接唇の
    巣はやわらかな車の隅々。

あなたは目をば閉じるでしょう、窓から見える夕闇を
    その顰め面を見まいとて、
かの意地悪い異常さを、鬼畜の如き
    愚民等を見まいとて。

あなたは頬を引ッ掻かれたとおもうでしょう。
接唇(くちづけ)が、ちょろりと、狂った蜘蛛のように、
    あなたの頸を走るでしょうから。

あなたは僕に云うでしょう、『探して』と、頭かしげて、
僕等蜘蛛奴(め)を探すには、随分時間がかかるでしょう、
    ――そいつは、よっぽど駆けまわるから。
          一八七〇、十月七日、車中にて。

※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

<新漢字・歴史的かな遣い版>
 冬の思ひ

僕等冬には薔薇色の、車に乗つて行きませう
    中には青のクッションが、一杯の。
僕等仲良くするでせう。とりとめもない接唇の
    巣はやはらかな車の隅々。

あなたは目をば閉ぢるでせう、窓から見える夕闇を
    その顰め面を見まいとて、
かの意地悪い異常さを、鬼畜の如き
    愚民等を見まいとて。

あなたは頬を引ツ掻かれたとおもふでせう。
接唇(くちづけ)が、ちよろりと、狂つた蜘蛛のやうに、
    あなたの頸を走るでせうから。

あなたは僕に云ふでせう、『探して』と、頭かしげて、
僕等蜘蛛奴(め)を探すには、随分時間がかかるでせう、
    ――そいつは、よつぽど駆けまはるから。
          一八七〇、十月七日、車中にて。

※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

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