中原中也が訳したランボー「ソネット」Sonnet
「ソネット」Sonnetは
中原中也が「翻訳詩」と題して使用していた大学ノートに
自筆で書かれている作品です。
この大学ノートは
「ノート小年時」と同種のノートで
後に角川全集の編集委員により
「ノート翻訳詩」と呼ばれ、定着しました。
66枚、132ページが残るほかに
別のノートから1枚、2ページが添付されていますから
134ページを「ノート翻訳詩」と呼びます。
◇
タイトルに続くエピグラフは
ポール・ド・カサニャックというボナパルティストが
日刊新聞「祖国」に寄せた1870年7月16日付けの記事を要約したもので
ランボーはこの記事が
フランス革命の犠牲者の名を持ち出して
ナポレオン3世のプロシアへの宣戦布告を正当化する
プロパガンダをねらったものと見て怒り、
この詩を作成したものといわれています。
詩の中に「ヴァルミィの死者」とありますが、
「バルミーの戦い」は
高校世界史の教科書で習った記憶がよみがえってくる
有名な戦いですね。
フランス革命政府の国民軍(サンキュロット)が
初めて外国の軍隊と戦って勝利したのが
1792年9月20日のバルミーの戦いでした。
この戦いで亡くなった犠牲者もおびただしく
その犠牲者の栄光や無念さを踏みにじる記事を
ランボーは許せなかったのでしょう。
フルールの死者は、
1794年6月26日にオーストリア軍に勝利したフルーリュスの戦い、
イタリイの死者は、
ナポレオン指揮下のフランス軍が、オーストリア軍に連勝した1796年のイタリア戦役のこと。
フランス革命からナポレオン政権初期の戦いの死者たちへ
ランボーは特別に敬意の眼差しを向けていたといえるのでしょうか。
◇
中原中也の訳は
未完成稿のためか、
下(もと)、眼(まなこ)の2語に
ルビが振られているだけで、
フィニッシュ・ワークを加えていない感じが
全篇を通じて残っています。
*
ソネット アルチュール・ランボー
七十の仏蘭西人、ナポレオン主義者、共和党員、
九十二年に於けるあなたがたの父親達を思い起す
が好い…… (Paul Cassagnac.Le Pays.)
九十二年と九十三年との死者たち
自由の強き接唇に蒼ざめはてし、
鎮めよ、
汝等が木靴の下(もと)に。
嵐の中にて大いなる恍惚を知る人、
あなたがたの真情は襤褸の下の愛で翔ける、
おお、『死』の播いた兵卒、それらを再生せしむべく
古き畑を与うなる高貴な情人、死。
汚されたすべての名誉を血をもて濯いだあなたがた、
ヴァルミィの死者、フルールの死者、イタリイの死者、
優しき蔭ある眼(まなこ)の千のキリストよ、
共和の名に於て我々はあなたがたを眠らせよう、
棒杭の前での如く国王の前に跪く我々に、
カサニャックの同勢はあなたがたのことを想い出させる!
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新字・新かなで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
◇
<新漢字・歴史的かな遣いによる>
ソネット アルチュール・ランボー
七十の仏蘭西人、ナポレオン主義者、共和党員、
九十二年に於けるあなたがたの父親達を思ひ起す
が好い…… (Paul Cassagnac.Le Pays.)
九十二年と九十三年との死者たち
自由の強き接唇に蒼ざめはてし、
鎮めよ、
汝等が木靴の下(もと)に。
嵐の中にて大いなる恍惚を知る人、
あなたがたの真情は襤褸の下の愛で翔ける、
おお、『死』の播いた兵卒、それらを再生せしむべく
古き畑を与ふなる高貴な情人、死。
汚されたすべての名誉を血をもて濯いだあなたがた、
ヴァルミィの死者、フルールの死者、イタリイの死者、
優しき蔭ある眼(まなこ)の千のキリストよ、
共和の名に於て我々はあなたがたを眠らせよう、
棒杭の前での如く国王の前に跪く我々に、
カサニャックの同勢はあなたがたのことを想出させる!
※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。
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