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2013年1月30日 (水)

ひとくちメモ/中原中也の詩に現われる色の色々16

(前回につづく)

「草稿詩篇(1933年―1936年)」の
後半部の詩に現われる「色」をひろっていきましょう。

「僕が知る」
僕の狂気は蒼ざめて硬くなる

(おまえが花のように)
淡鼠の絹の靴下穿(は)いた花のように

「大島行葵丸にて」
瞬間(しばし)浪間に唾(つば)白かったが

(秋が来た)
その上に、わびしい黄色い夕陽は落ちる。

ワットマンに描かれた淡彩、

「雲った秋」
あんまり蒼い顔しているとて、

「雲」
空の青が、少しく冷たくみえることは

「暗い公園」
その黒々と見える葉は風にハタハタと鳴っていた。

「夏の夜の博覧会はかなしからずや」
夕空は、紺青の色なりき
燈光は、貝釦の色なりき

その時よ、紺青の空!

◇

けなげなる小馬の鼻翼 紫の雲のいろして(ああわれは おぼれたるかな)
――は、小馬の鼻翼が紫の雲の色をしているという叙述ですが
なんとも的確な目! 
小馬の鼻翼の色をこれ以外に捉えることはできない! と言えるほどに的確です。

次の
薔薇色の埃りの中に、車室の中に、春は来、睡っている。(とにもかくにも春である)
――は、叙述(写実)ではなく、象徴的手法と言えますが、春の埃っぽさを「薔薇色」と捉える目の
確かさがなければ、象徴もへったくれもありません。

葉は、乾いている、ねむげな色をして(「いちじくの葉」)
――も、現実のいちじくの葉の写実の見事なこと!
乾いたいちじくの葉って、眠たそうな色をしていますよね。

◇

「朝」は、ここでは連を丸ごとひろっておきました。

かがやかしい朝よ、
紫の、物々の影よ、
つめたい、朝の空気よ、
灰色の、甍よ、
水色の、空よ、
風よ!
――は、第1連。

風よ!
水色の、空よ、
灰色の、甍よ、
つめたい、朝の空気よ、
かがやかしい朝
紫の、物々の影よ……
――は、第3連。

紫、灰色、水色で朝は朝になったかのようです!

「悲しい歌」の
蝦茶色の憎悪がわあッと跳び出して来る。
――の「蝦茶色の憎悪」は「茶色い戦争」と同じ表現法です。
茶色い戦争といわれて分かったような気分になるように
蝦茶色の憎悪といわれて分かったような気分になります。

これは

みんな貯まっている憎悪のために、
色々な喜劇を演ずるのだ。
――と「色々な」に傍点が付けられて捕捉されます。

◇

夕空は、紺青の色なりき 燈光は、貝釦の色なりき(「夏の夜の博覧会はかなしからずや」)や
その時よ、紺青の空!(同)
――は、叙述(写実)の色であるのに
幻想の色に変質する瞬間を見せられるかのようです。
マジックの中にいるような
色彩の錯覚を経験させられます。

(つづく)

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