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2013年2月24日 (日)

ひとくちメモ・中原中也の草々花々(くさぐさはなばな)4「生前発表詩篇」から

(前回からつづく)

「生前発表詩篇」に現われる「花や草」(植物)を
ピックアップしていきます。

「倦 怠」
人はただ、絶えず慄(ふる)える、木(こ)の葉のように

「漂々と口笛吹いて」
一枝の ポプラを肩に ゆさゆさと
葉を翻(ひるが)えし 歩き廻るは

  森のこちらを すれすれに
目立たぬように 歩いているのは

  ポプラを肩に葉を翻えし
  ああして呑気に歩いてゆくのは

「幻 想」
草には風が吹いていた。

「北沢風景」
 台所の入口からは、北東の空が見られた。まだ昼の明りを残した空は、此処(ここ)台所から四五丁の彼方(かなた)に、すすきの叢(むら)があることも小川のあることも思い出させはせぬのであった。

「或る夜の幻想(1・3)」
野原の一隅には杉林があった。
なかの一本がわけても聳(そび)えていた。

「聞こえぬ悲鳴」
悲しい 夜更(よふけ)が 訪(おとず)れて
菫(すみれ)の 花が 腐れる 時に
神様 僕は 何を想出(おもいだ)したらよいんでしょ?

悲しい 夜更は 腐った花弁(はなびら)――

「道修山夜曲」
 
星の降るよな夜(よる)でした
松の林のその中に、
僕は蹲(しゃが)んでおりました。

星の明りに照らされて
折(おり)しも通るあの汽車は、
今夜何処(どこ)までゆくのやら。

松には今夜風もなく
土はジットリ湿ってる。
遠く近くの笹の葉も
しずもりかえっているばかり。

星の降るよな夜でした、
松の林のその中に
僕は蹲んでおりました。

「道化の臨終(Etude Dadaistique)」
空の下(もと)には 池があった。
その池の めぐりに花は 咲きゆらぎ、

天(あめ)が下(した)なる 「衛生無害」、
昔ながらの薔薇(ばら)の花、

野辺(のべ)の草葉に 盗賊の、
疲れて眠る その腰に、
隠元豆(いんげんまめ)の 刀あり、
これやこの 切れるぞえ、
と 戸の面(おもて)、丹下左膳(たんげさぜん)がこっち向き、

「初夏の夜に」
窓の彼方の、笹藪(ささやぶ)の此方(こちら)の、月のない初夏の宵(よい)の、空間……其処(そこ)に、
死児等(しじら)は茫然(ぼうぜん)、佇(たたず)み僕等を見てるが、何にも咎(とが)めはしない。

「道修山夜曲」は全文を載せました。
療養中の制作だから風景描写に植物(松の林、笹の葉)を取り入れているなどと
因果関係を言えるものではないはずですが
療養所の風景は歌うべくして歌われたことに違いありません。

森、林、草地……。
植物が集合している状態を表す語句を
植物としてピックアップするかどうか考えどころですが
できるだけ採りながらもケースバイケースとしました。

「生前発表詩篇」40篇のうち9篇に「花・草」が登場。
読んでいて、とても少ない感じがしました。

「花」は「聞こえぬ悲鳴」の「菫(すみれ)の花」と
「道化の臨終(Etude Dadaistique)」の「薔薇(ばら)の花」の2例だけでした。

発表詩は昭和5年から昭和12年にわたっていますが
裏返せば「メッセージ」や「主張」を盛り込んだり
叙情詩が多かったということに繋(つな)がるのかどうか――。
これも断言できるものではありません。

(つづく)

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