ひとくちメモ・中原中也の草々花々(くさぐさはなばな)5「ノート1924」ほか
(前回からつづく)
いよいよ「未発表詩篇」に現われる「花や草」(植物)を
見ていきましょう。
「未発表詩篇」は
発表詩である「山羊の歌」「在りし日の歌」「生前発表詩篇」に入らない詩のグループです。
中原中也が制作した全詩はおよそ370篇あり
発表詩が合計で142篇ありますから(短歌を除く)
未発表詩篇は228篇あり
全体の6割強ということになります。
(角川全集で集計)
残存している原稿の形によって分類・整理され
それぞれのグループの中で
詩篇は制作順(推定)に配置され
グループには呼称がつけられています。
◇
<ダダ手帖(1923年―1924年)>
2篇の詩がありますが
ここに「花・草」は現われません。
<ノート1924(1924年―1928年)>
「不可入性」
空想は植物性です
女は空想なんです
女の一生は空想と現実との間隙(かんげき)の弁解で一杯です
取れという時は植物的な萎縮(いしゅく)をし
取らなくても好(い)いといえば煩悶(はんもん)し
取るなといえば鬪牛師(とうぎゅうし)の夫を夢みます
※大正13年制作のダダ詩です。「花・草」が出てくるものではありませんが、植物のイメージのダダイスト中原中也による表現があります。
「情 慾」
電球よ暑くなれ!
冬の野原を夏の風が行くに
「春の夕暮」
ポトホトと臘涙(ろうるい)に野の中の伽藍(がらん)は赤く
荷馬車の車、 油を失い
私が歴史的現在に物を言えば
嘲(あざけ)る嘲る空と山とが
※ダダ詩には「風景描写」そのものが稀(まれ)なようですが、この詩には「自然の風景」があります。やがて、「山羊の歌」の冒頭詩になる原詩です。ダダ詩でありながら、「山羊の歌」に収録されてもよく溶け込んでいるのは、この「叙景」のせいであるかもしれません。オーソドックスな詩への端緒がここにあると言ってもよいものです。ソネットであり、起承転結であり、定型への志向が見られるということです。
(テンピにかけて)
テンピにかけて焼いたろか
あんなヘナチョコ詩人の詩
百科辞典を引き廻し
鳥の名や花の名や
みたこともないそれなんか
ひっぱり出して書いたって
――だがそれ程想像力があればね――
やい!
いったい何が表現出来ました?
自棄(やけ)のない詩は
神の詩か
凡人の詩か
そのどっちかと僕が決めたげます
※詩人論の詩の中に「花」が登場しています。なので、全文掲載にしました。ダダイストの詩人論とはいえ、かなりの正論が見えます。「想像力」はフランス詩の影響でしょうか?
(酒は誰でも酔わす)
自然が美しいということは
自然がカンヴァスの上でも美しいということかい――
※自然を花と置き換えて読むと少しはこの詩を理解できるかもしれません。
(汽車が聞える)
汽車が聞える
蓮華(れんげ)の上を渡ってだろうか
(秋の日を歩み疲れて)
秋の日を歩み疲れて
橋上を通りかかれば
秋の草 金にねむりて
草分ける 足音をみる
◇
「ダダ手帖」には2篇、
「ノート1924」には51篇の詩があります。
53篇中の6篇(「不可入性」を含む)ですから1割ちょっとです。
きわめて少ないといえます。
ダダ詩に「自然」としての「花・草」を求めること自体に無理があるようですが
無理を冒せば見えてくるものもあるような。
終わりのほうにある(秋の日を歩み疲れて)は
昭和2―3年の制作(推定)ですから
ダダ脱皮の傾向が見られる詩で
その詩に「秋の草 金にねむりて 草分ける 足音をみる」とあるのは
早い時期の例の一つです。
大正13年制作(推定)の「春の夕暮」の「野の中の伽藍(がらん)は赤く」が京都時代
(秋の日を歩み疲れて)は上京後の制作で
こちらには象徴詩の匂いがプンプンしています。
ダダ詩や象徴詩に風景や自然の描写が入り込んでいます。
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