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2013年3月16日 (土)

ひとくちメモ・中原中也の詩に出てくる「人名・地名」13・まとめ7

(前回からつづく)

日本国外の「地名」の解説を続けます。

【マダガスカル】はインド洋に浮かぶ島。かつて英仏による植民地争いの犠牲になったが1960年に独立、共和制国家となります。国名は、マルコ・ポーロの「東方見聞録」の記述に由来。ジュラ紀のゴンドワナ大陸分裂でアフリカ大陸から分離し、白亜紀にはインド亜大陸がマダガスカル島から分離したことで、「巨大な孤島」であり「世界最小の大陸」となりました。

【ナイアガラ】といえば、アメリカとカナダの国境にある「滝」を指す場合がほとんどでしょう。エリー湖からオンタリオ湖に流れるナイアガラ川にあり、カナダのオンタリオ州とアメリカのニューヨーク州とを分ける国境になっています。滝の幅が広く、水量も豊富で、世界各国からの観光客で賑わいます。

【エジプト煙草】は、明治末から大正、昭和のはじめにかけて、「エリート・タバコ」として流行(はや)りました。政治家は「葉巻」、高級官僚、帝大卒は「エジプトの紙巻たばこ」がのエリートの定番だったようです。香り高いオリエンタル葉に人気の秘密がありました。中原中也も、銀座のバーなどで、これを吸う機会があったはずですが、自分は「ゴールデンバット」を愛用していたことはあまりにも有名なことです。

中国を【支那】と表記するのは、Chinaの発音から「シナ」と読ませ、それに漢字を当てがい、ローマを【羅馬】と表記するのと同様の「当て字」の習慣からでしょう。「桑港」をサンフランシスコ、ニューヨークを「紐育」と当て字で表記するなど、表音文字に表意文字である「漢字」を当てるのは、「面白さ」と同時に「押しつけがましい意味付与」が行われ、誤解を招く例もあります。

国内の地名へ目を向けます。
まずひときわ目立つものから。

【大島行葵丸】は「オオシマ・ユキ・アオイマル」。大島へ行く定期船「葵丸」のことです。昭和10年4月、詩人は「紀元」同人を招待する一泊旅行で、大島行きの旅に出ました。その時の夜のデッキの様子を歌ったのが、「大島行葵丸にて――夜十時の出帆」と題する詩です。この詩を読んでみましょう。

大島行葵丸にて
        ――夜十時の出帆
 
 夜の海より僕(ぼか)唾(つば)吐いた
 ポイ と音(おと)して唾とんでった
 瞬間(しばし)浪間に唾白かったが
 じきに忽(たちま)ち見えなくなった

観音岬に燈台はひかり
ぐるりぐるりと射光(ひかり)は廻(まわ)った
僕はゆるりと星空見上げた
急に吾子(こども)が思い出された

 さだめし無事には暮らしちゃいようが
 凡(およ)そ理性の判ずる限りで
 無事でいるとは思ったけれど
 それでいてさえ気になった
        (一九三五・四・二四)

夜遅く詩人は一人、甲板に出たのです。船酔いで体調が思わしくないというのもあったのかもしれませんが、ここで「夜の海より僕(ぼか)唾(つば)吐いた」というのは、単に唾を海に向かって吐いたという以上に、やがては「喀痰(かくたん)」するに至る病の前兆であるかのような体調不調を推測させます。昭和10年後半から11年前半の制作と推定される「夜半の嵐」は、吾子(あこ)を思う親心に、自らの死期を思う心が重なる詩です。「大島行葵丸にて」を書いておよそ半年後に「夜半の嵐」で「喀痰(かくたん)」していることを書いたのです。ここで「夜半の嵐」も掲載しておきます。

夜半の嵐
 
松吹く風よ、寒い夜(よ)の
われや憂き世にながらえて
あどけなき、吾子(あこ)をしみればせぐくまる
おもいをするよ、今日このごろ。

人のなさけの冷たくて、
真(しん)はまことに響きなく……
松吹く風よ、寒い夜の
汝(なれ)より悲しきものはなし。

酔覚(よいざ)めの、寝覚めかなしくまずきこゆ
汝より悲しきものはなし。
口渇くとて起出でて
水をのみ、渇きとまるとみるほどに
吹き寄する風よ、寒い夜の

喀痰(かくたん)すれば唇(くち)寒く
また床(とこ)に入り耳にきく
夜半の嵐の、かなしさよ……
それ、死の期(とき)もかからまし

今回はここまで。

(つづく)

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