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2013年5月 9日 (木)

ひとくちメモ「一筆啓上、安原喜弘様」昭和6年10月16日・その2

(前回からつづく)

「月の浜辺」とは、
昭和6年に河原喜久恵が歌い
コロムビアからレコードが発売されて人気を博した流行歌です。
作曲を若き日の古賀政雄(当時は正雄)が担当(作詞は島田芳文)。
中也は、これをラジオで聞いたのでしょうか。

僕はあやまりながら、その歌詞を書取って帰りました。「月影白き、波の上、ただひとりきく 調べ。告げよ千鳥、姿いづこかの人。ああ狂ほしの夏の夜。こころなの、別れ。」 さよなら。
――と、前回引用した手紙を続けて、結んでいます。
(※「狂ほし」とあるのは「悩まし」が正解だそうです。 「新編中原中也全集」第5巻・解題篇より。)

関口とは、申すまでもなく、関口隆克のことです。
昭和3年9月からおよそ1年間を共同生活した年上の友人です。
交友は昭和6年にも続いており
晩年(昭和12年)、千葉療養所から退院した詩人が鎌倉へ引っ越すときも
住まいを仲介するなど詩人に力を貸した人です。

その関口は「月の浜辺」を評価せず
賞揚した詩人にこんこんと愚作であることを解き明かしたのですが
詩人は、自分の住まいに帰って
筆記した「月の浜辺」の1番をもう一度吟味したのでしょう、

核心のまわりに、多分のエナをつけていて、未進化なものではありますが、そのかわり猶、濃密に核心がこれと分るように見付かります。
――と、安原宛のこの手紙の中で「月の浜辺」にコメントしました。

手紙は、封書の場合と葉書の場合とがあり
これは封書に書かれました。

封書ですから
いくらでも書くことができるので
このような「批評」のようなものが現われることがあるのです。

核心とあるのは、
この手紙の前半の部分を引き継いでいるもので

元気もなんにもありません。自分ながら情けない気持ちで生きています。

――と書き出された「晴れやかならぬ気持ち」の流れを

新宿の空に、気球広告が二つあがっています。あれの名は「エアーサイン」です。

――と引き取って、その後に書かれる、この手紙のテーマなのです。

今回はここまで。

(つづく)

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