ひとくちメモ「一筆啓上、安原喜弘様」昭和8年1月29日、30日
(前回からつづく)
「カーニバル」と中原中也が名付けた行為(気持ち)は
じっくり読むと
「途中から後が悪い」もので
「一人でいて感じたり考えたりする時のように、そのまま表でも喋舌ってしまいたい」気持ちが起こり、
その気持ち自体を悪いことだとは思っていない。
しかし、その気持ちが他人に通じていないと分かるあたりからしつこくなり
ついに縺(もつ)れはじめる――というような訳(わけ)が書かれています。
詩人は、「喧嘩」という言葉を使っていません。
あくまで「カーニバル」であり、「祝祭」のつもりのようですが
昨28日夜、銀座は「ウインゾア」か「エスパニョール」か
ほかの酒場かカフェかで「一人やったカーニバル」が
安原に迷惑をかけたことを1月29日の手紙で詫びたのでした。
◇
この手紙に引き続き
翌30日付けの封書が届けられ
中に詩篇が入っていました。
「在りし日の歌」に収録される「冬の夜」の原詩(1次形態)です。
安原の「中原中也の手紙」は
この封書に番号を振っていません。
新全集は「117」になります。
◇
影と煙草と僕と犬
えもいわれないカクテールです
――と歌った印象深い詩です。
この詩が、カーニバルの根源にある気持ちを歌ったものであることを
いまここに知って、驚きます。
その原詩を読みましょう。
「在りし日の歌」の「冬の夜」は
この原詩の末尾2連を省き
「冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです」を加えて終わりにしたものです。
ほかにも句読点の有無など
二つの詩は異同があります。
◇
「冬の夜」
みなさん今夜は静かです
薬鑵の音がしています
僕は女を思ってる
僕には女がないのです
それで苦労もないのです
えもいわれない弾力の
空気のような空想に
女を描(えが)いてみているのです
えもいわれない弾力の
澄み沍ったる夜の沈黙(しじま)
薬鑵の音を聞きながら
女を夢みているのです
かくて夜は更け夜は深まって
犬のみ覚めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいわれないカクテールです
※
空気よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空気よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より、愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が、来るのです
いいえ、それはもう私の心が淋しさに麻痺したからです?
淋しさに麻痺したからそんなことを云うのです
それはきっとそうなのに違いありません
それでそんなことを、思ったりするのに違いありません…
だがまた空気よりよいものもないのです
寒い夜の痩せた年増女(としま)の手のような
その手の弾力のような、やわらかい、またかたい
かたいような、その手の弾力のような
煙のような その女の情熱のような
炎(も)えるような、消えるような
いいえ、それはもう俺の心が麻痺したからだ
噛みしめない前に飲込んでしまったからだ
味わう暇もなく飲み込むことに慣れたからだ
かくて心は自問自答
何時まで剛情に云い合っているが
私の心、昔ながらの心
冬の夜に、音もない夜に
私の心、昔ながらの心。
(※「新編中原中也全集」第1巻解題篇より。 「新かな」に改めてあります。編者。)
◇
今回はここまで。
(つづく)
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