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2013年8月27日 (火)

ひとくちメモ「一筆啓上、安原喜弘様」昭和3年~・出会いの頃その3

(前回からつづく)

「宿命的な固定観念との戦い」とも
「魂の平衡運動」とも安原が名付ける
詩人の傷だらけの日々は
何月何日どこそこでという特定された具体的な日付けを持ちません。

それは、たとえば、
(昭和5年の)9月に入って以後の「冬休みと次の年の春休み」に繰り返された
「遍歴と飲酒の日課」のことでした。

彼の呼吸は益々荒く且乱れて、酔うと気短かになり、ともすれば奮激(ふんげき)して衝突した。彼の最も親しい友人とも次々と酒の上で喧嘩をして分れた。

私は廻らぬ口で概念界との通弁者となり、深夜いきり立つ詩人の魂をなだめ、或は彼が思いもかけぬ足払いの一撃によろめくのをすかして、通りすがりの円タクに彼を抱え込む日が多く続いた。

「白痴群」はいろいろの都合で休刊になっていた。

――などと安原は記します。

また、たとえば、
時をやや遡(さかのぼ)った、この年(昭和5年)の4月末から5月の初めに
詩人が京都の安原の住まいを訪ねた時のことでした。

彼は深夜宿の2階で同宿の学生と喧嘩をして血を流した。それでも彼はその小躯に満々の自信を以て6尺に近い大男に尚も立ち向った。そして私は血にまみれた彼を抱き深夜医者を起こして彼の瞼に2針3針の手当を乞うのであった。

又或時は彼は裏街の酒場で並居る香具師(やし)の会話にいきり立ち、その一つ一つに毒舌を放送して彼等を血相変えて立ち上らせるのであった。そして彼は、取り巻く香具師の輪の中で何か呪文のようなものを唱え、やがてそこを踊りつつ脱け出すのである。

学者達の会話は特に彼の奮激(ふんげき)の因(もと)となった。誰彼の見境なく彼はからんだ。

――と報告します。

昭和5年4月には、「白痴群」第6号が発行され
この号で廃刊が決まっていました。
その4月末に訪れた京都でのことでした。
詩人は京都に5日間滞在。
その間、安原と共に奈良に遊び
カソリック教会のビリオン神父を訪ねたりしています。

京都滞在中の「遍歴」については
さらに詳しく安原は記します。

私達は初めいつも静かに2人して酒を飲むのであるが、彼の全身は恰(あたか)も微妙なアンテナの如く様々な声を感得して、私と語る彼の言葉はいつしか周囲の会話への放送と変るのである。その為め私はいつも彼の注意をそらさせないよう細心の配慮をするのであるが、その努力は殆ど徒労であった。

例えば一部の数奇者以外殆ど客とてもない南禅寺境内の湯豆腐屋であるとか、東山山中の人の知らない小店であるとか五条辺の袋小路の奥店など、私はつとめて静かな場所を選んで彼を導くのであるが、そこも結局は彼を長くは引留めることは出来ず、やがて又四条あたりの喧騒の中に腰を据えるのがおきまりであった。

そこでも私は座席の位置、衝立(ついたて)の在り方、光線の具合、彼と私との向き、周囲の客の種類や配置、私達の会話の内容等それとなくいろいろに心を配るのであるが、それもこれもすべて無駄である。私が気がついたときには既に彼の声は凡(あら)ゆる遮蔽物を乗り越えて遥か彼方に飛んでいるのである。私は又彼をかかえて次の場所を求めねばならなかった。

(講談社文芸文庫「中原中也の手紙」より。「改行・行アキ」を加え、「洋数字」に変えてあります。編者。)

長い引用になりましたが
「中原中也の手紙」のイントロの部分で安原が書いている
「戦い」「遍歴と飲酒」「喧嘩・からみ」……は
このようなものです。

手元にある玉川大学出版部発行のものと講談社文芸文庫ともに
この部分に関して異同はありませんから
昭和15年に「文学草紙」に書き出されたものと同じということになります。
このイントロ部分は
詩人の死後3年ほどして書かれたということになります。

こうして5月の3日には彼は又東京に帰って行った。
――と、このイントロは結ばれて、
「中原中也の手紙」の第1便は
5月4日、東京・中高井戸発からはじまります。

今回はここまで。

(つづく)

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