ひとくちメモ「白痴群」前後・愛の詩・5(かつては私も)
(前回からつづく)
泰子を失った悲しみ、苦しみを歌う詩が続きます。
「かつて」と「いま」を比べ
そのあまりの異なりように
詩人はうなだれます。
◇
(かつては私も)
かつては私も
何にも後悔したことはなかった
まことにたのもしい自尊のある時
人の生命(いのち)は無限であった
けれどもいまは何もかも失った
いと苦しい程多量であった
まことの愛が
いまは自ら疑怪(ぎかい)なくらいくるめく夢で
偶性と半端と木質の上に
悲しげにボヘミヤンよろしくと
ゆっくりお世辞笑いも出来る
愛するがために
悪弁であった昔よいまはどうなったか
忘れるつもりでお酒を飲みにゆき、帰って来てひざに手を置く。
◇
「処女詩集序」補足として先に1度読みました。
この詩が
いわゆる「失恋」を歌った詩であることは
明白です。
古今東西、失恋を歌った詩は
無数に存在しますが
いったい詩人という詩人は
失恋を歌ってどうしようとしたのか
なんのためにしたのか
……などと疑問を抱く人は
失恋などと遠い地平に生きていることでしょう。
では、失恋の詩は
それを味わっている人にしか読めない
「夫婦喧嘩」みたいなものなのでしょうか?
犬も食わぬ「まずいもの」なのでしょうか?
失恋したことのない人は読めないものでしょうか?
◇
中原中也は
それを「失恋」と呼ぶならば
なんとも多くの失恋の詩を歌いました。
それは
長男文也の死後にも歌われました。
なぜだろう?
――などと大上段の問いを投げかけても
容易に答えは出てきませんが
一つだけ、ここで思い出しておきたいのは
詩人が書いた小自伝「詩的履歴書」の一節です。
その冒頭に
大正4年の初め頃だったか終頃だったか兎も角寒い朝、その年の正月に亡くなった弟を歌ったの
が抑々(そもそも)の最初である。
――と「ものを書く」きっかけを述べているくだりがあります。
弟・亜郎の死を悲しんで
詩人は生れて初めて「詩」を書いたことを述べているのです。
失われていくもの(こと)から
詩人は大きな悲しみや空しさを受け取ったという
「原体験」がここにあります。
◇
回りくどい説明を今やっている時間がないので
ズバリ結論的なことを言ってしまえば
失恋によって「失ったもの」は
「人」を失うこと=死に接することと通じている
――ということではないか。
「恋」を失うことも
「青春」を失うことも
「人」を失うこと(=人の死に会うこと)も
突き詰めると似ているものではないか。
◇
「憔悴」という作品を
ここで思い出します。
第2連だけに目を通しておきますと、
Ⅱ
昔 私は思っていたものだった
恋愛詩なぞ愚劣(ぐれつ)なものだと
今私は恋愛詩を詠(よ)み
甲斐(かい)あることに思うのだ
だがまだ今でもともすると
恋愛詩よりもましな詩境にはいりたい
その心が間違っているかいないか知らないが
とにかくそういう心が残っており
それは時々私をいらだて
とんだ希望を起(おこ)させる
昔私は思っていたものだった
恋愛詩なぞ愚劣なものだと
けれどもいまでは恋愛を
ゆめみるほかに能がない
――という展開になっています。
◇
この詩が「山羊の歌」全5章の
最終章「羊の歌」に配置された3篇の詩の一つです。
「憔悴」は
「羊の歌」と「いのちの声」にはさまれて
配置されたメッセージ詩の一つであることを
思い出してください。
◇
今回はここまで。
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