ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩5「かの女」
(前回からつづく)
「かの女」は
大正15年に制作(推定)された詩で
「横浜もの」の一つです。
長谷川泰子に去られて
1年も経っていない時期に作られたものです。
◇
この詩は、大岡昇平が
中原は14年以来、横浜のエキゾチックな頽廃的な雰囲気を好み、よく遊びに行った。この地で客死した祖父助之(政熊の兄、福の実父である)の墓に詣り、横浜橋停留所附近の私娼のところへ通った。「臨終」は馴染みの娼婦が死んだのを歌ったものだ、と私にいった。よほど気に入った女がいたのである。「かの女」がその女を歌ったものと見ることが出来るが、「臨終」と同じく長谷川泰子の影もまた落ちているのである。
――と「中原中也全集」(旧全集)の解説に書いている
有名な一文を抜きに語ることはできません。
◇
かの女
千の華燈(かとう)よりとおくはなれ、
笑める巷(ちまた)よりとおくはなれ、
露じめる夜のかぐろき空に、
かの女はうたう。
「月汞(げっこう)はなし、
低声(こごえ)誇りし男は死せり。
皮肉によりて瀆(けが)されたりし、
生よ歓喜よ!」かの女はうたう。
鬱悒(うつゆう)のほか訴うるなき、
翁(おきな)よいましかの女を抱け。
自覚なかりしことによりて、
いたましかりし純美の心よ。
かの女よ憔(じ)らせ、狂い、踊れ、
汝(なれ)こそはげに、太陽となる!
◇
ここでも定型(ソネット)にし
文語調としたのは
「臨終」や「むなしさ」と同じですが
漢語の多用は
「むなしさ」にあり「臨終」にはないものですから
「朝の歌」以前の制作と見られています。
「朝の歌」には漢語が消えたのですが
それ以前の作品には
晦渋(かいじゅう)な漢語が散りばめられていることから
「かの女」も「朝の歌」以前の制作と見做(な)されます。
◇
第2連に出てくる「月汞(げっこう)」は
宮沢賢治の「春と修羅」に用例があり
中也はこの詩に取り入れたらしい。
泰子が去ってすぐの
「大正14年の暮れか翌年の初め」に
詩人は東京関根書店発行の「春と修羅」を手に入れています。
「春と修羅」中の「風の偏倚」冒頭部に
「(虚空は古めかしい月汞にみち)とあるのを
中也流の解釈(言語感性)をほどこして使ったようです。
富永太郎……
ランボー、ベルレーヌ、ラフォルグ……
白秋、泡鳴……賢治……
ダダイズム脱皮に懸命だった中也に
「吸収」しないではいられない
「言葉の冒険者たち」は
次から次に現われました
◇
それにしても
「月汞(げっこう)はなし、
低声(こごえ)誇りし男は死せり。
皮肉によりて瀆(けが)されたりし、
生よ歓喜よ!」かの女はうたう。
――をどのように読んだものか
立ち止まらざるを得ませんが……。
大岡昇平は
「低声(こごえ)誇りし男」を小林秀雄と見立て
この「 」の中の文句を
かの女=泰子が歌っているものと読みました。
(この読みは、この詩を昭和3年5月以降の制作、つまり、小林が泰子から去った日以後の制作と取った上での推定ですから、その後、訂正が入れられているかもしれません。)
◇
「かの女」は
未発表ながら
題名のある完成作品ですが
「省略」「飛躍」の技法を凝(こ)らした
謎(なぞ)の残る作品です。
大岡が読むように
「低声(こごえ)誇りし男」が小林ならば
「翁」は誰を指しているか
「なれ」は何か(誰か)――など
疑問が次々に出てきます。
◇
しかし、
きらびやかなネオンサインの街を離れ
嬌声さんざめく巷間を離れ
今にも降り出しそうな黒い夜空に
彼女が歌っていた――。
鬱悒というほかにない
その歌(または私の気持ち)だが……。
彼女(または純美の心)は
やがては「太陽」となるのだ、と断言した詩と
最低限度は、読めるかもしれません。
◇
中也の詩は
絶望で終わらないのです。
◇
今回はここまで。
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