ひとくちメモ「白痴群」前後・幻の詩集・5「屠殺所」
(前回からつづく)
「屠殺所」も第1詩集用清書原稿の一つですが
なぜ、屠殺所がここに出てくるのでしょう?
そんな疑問が出てくるほど意表を突く配置ですが
これも、昭和2―3年の頃の「境地」であることは
間違いはありません。
◇
屠殺所
屠殺所(とさつじょ)に、
死んでゆく牛はモーと啼(な)いた。
六月の野の土赫(あか)く、
地平に雲が浮いていた。
道は躓(つまず)きそうにわるく、
私はその頃胃を病(や)んでいた。
屠殺所に、
死んでゆく牛はモーと啼いた。
六月の野の土赫く、
地平に雲が浮いていた。
◇
まるで絵に描いたようです。
夏空の青にポッカリ浮かぶ真綿の雲一つ。
地面は赤茶けて遠くに見えます。
そこから牛がモーと啼いた。
屠殺所に引かれていく牛です。
◇
混じり気のない風景――。
これ以上にない省略――。
「新全集」の解題篇は
第1詩集用清書原稿の一つであることのほか
この原稿に「加筆訂正がない」ことを記述するだけです。
この詩は
詩人が手を加える必要を感じなかったものでしたし、
編集者も説明は不要としたのです。
◇
それほどに
この詩は「完成」しています。
「完成」がすなわち「優劣」や「巧拙」を決めるものではないということを踏まえて
そういえる詩です。
誤解を恐れずにいえば
ある種の童謡に似た
完成した様式=形や内容を持っている詩といえます。
たとえば
「赤い靴はいてた女の子
異人さんに連れられて行っちゃった」みたいな。
◇
詩人は実際に
屠殺所を訪れたのでしょうか?
詩人は
この風景の中に
存在しているでしょうか?
次々に
疑問が湧いてきます。
◇
童謡と決定的に異なるところは
道は躓(つまず)きそうにわるく、
私はその頃胃を病(や)んでいた。
――という第2連の存在です。
「字下げ」されたこの連に
リアルな詩人がいます。
それ以外は
(といっても、それはルフランですから1連=4行しかありませんが)
リアルというよりもファンタジー
もしくは暗喩(あんゆ)=メタファー
もしくはフィクティブ(創造)かもしれません。
詩人の内部に
屠殺所に引かれていく牛がいて
その牛がモーと啼いたのを詩人が聞いたことだけは確かで
リアルなことです。
◇
今回はここまで。
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