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2013年9月 6日 (金)

ひとくちメモ「白痴群」前後・幻の詩集・5「屠殺所」

(前回からつづく)

「屠殺所」も第1詩集用清書原稿の一つですが
なぜ、屠殺所がここに出てくるのでしょう?

そんな疑問が出てくるほど意表を突く配置ですが
これも、昭和2―3年の頃の「境地」であることは
間違いはありません。

屠殺所
 
屠殺所(とさつじょ)に、
死んでゆく牛はモーと啼(な)いた。
六月の野の土赫(あか)く、
地平に雲が浮いていた。

  道は躓(つまず)きそうにわるく、
  私はその頃胃を病(や)んでいた。

屠殺所に、
死んでゆく牛はモーと啼いた。
六月の野の土赫く、
地平に雲が浮いていた。

まるで絵に描いたようです。

夏空の青にポッカリ浮かぶ真綿の雲一つ。
地面は赤茶けて遠くに見えます。
そこから牛がモーと啼いた。
屠殺所に引かれていく牛です。

混じり気のない風景――。
これ以上にない省略――。

「新全集」の解題篇は
第1詩集用清書原稿の一つであることのほか
この原稿に「加筆訂正がない」ことを記述するだけです。

この詩は
詩人が手を加える必要を感じなかったものでしたし、
編集者も説明は不要としたのです。

それほどに
この詩は「完成」しています。
「完成」がすなわち「優劣」や「巧拙」を決めるものではないということを踏まえて
そういえる詩です。

誤解を恐れずにいえば
ある種の童謡に似た
完成した様式=形や内容を持っている詩といえます。

たとえば
「赤い靴はいてた女の子
異人さんに連れられて行っちゃった」みたいな。

詩人は実際に
屠殺所を訪れたのでしょうか?

詩人は
この風景の中に
存在しているでしょうか?

次々に
疑問が湧いてきます。

童謡と決定的に異なるところは

  道は躓(つまず)きそうにわるく、
  私はその頃胃を病(や)んでいた。

――という第2連の存在です。

「字下げ」されたこの連に
リアルな詩人がいます。

それ以外は
(といっても、それはルフランですから1連=4行しかありませんが)
リアルというよりもファンタジー
もしくは暗喩(あんゆ)=メタファー
もしくはフィクティブ(創造)かもしれません。

詩人の内部に
屠殺所に引かれていく牛がいて
その牛がモーと啼いたのを詩人が聞いたことだけは確かで
リアルなことです。

今回はここまで。

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