ひとくちメモ「白痴群」前後・幻の詩集・7「処女詩集序」補足
(前回からつづく)
「処女詩集序」の読みに
少しでもヒントになりそうな詩があります。
(かつては私も)という題名のない詩で
「ノート1924」の使用されていないページに書きつけられてありました。
※題名のない作品は、第1行を( )の中に取って示す慣例です。
少し寄り道になりますが
この詩を読んでおきましょう。
◇
(かつては私も)
かつては私も
何にも後悔したことはなかった
まことにたのもしい自尊のある時
人の生命(いのち)は無限であった
けれどもいまは何もかも失った
いと苦しい程多量であった
まことの愛が
いまは自ら疑怪なくらいくるめく夢で
偶性と半端と木質の上に
悲しげにボヘミヤンよろしくと
ゆっくりお世辞笑いも出来る
愛するがために
悪弁であった昔よいまはどうなったか
忘れるつもりでお酒を飲みにゆき、帰って来てひざに手を置く。
◇
二つの詩の内容は類似しており
この詩を書いた後に
「処女詩集序」が書かれたものと推定されています。
◇
この詩では「かつて」や「その日」は
第1連、
何にも後悔するようなことはなかった
実に頼もしく自分を信頼していて
人の生命は無限であると思っていた(ほどだった)
第2連、
非常に苦しいほど多量にあった
本当の愛
第4連、
愛しているために
悪口ばかりをぶつけていた昔
――などと歌われていました。
これらがすべて失われた今、
そんな昔が存在したのかと疑いたくなるほど「くるめく夢」のよう。
ところが後半に入った第3連には
偶性と半端と木質の上に
悲しげにボヘミヤンよろしくと
ゆっくりお世辞笑いも出来る
――と「意味不明」のダダっぽい詩句が現われます。
◇
「ボヘミヤン」の評判を逆利用して
上手に世間を渡ることもできるようになった現在ですが……
忘れるつもりで酒を飲みにいって
帰ってくるなり膝に両手を置いて
ひとり後悔の底に沈むのです。
◇
詩人はここでもまた、
泰子を失った苦しみの中にいます。
この中から、詩人は歌いはじめるのです。
……となると
「失恋」の中から
歌を歌いはじめた詩人というイメージが濃くなっていくのは当たり前です。
◇
今回はここまで。
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