ひとくちメモ「白痴群」前後・愛の詩・2「涙語」
(前回からつづく)
「涙語」も
「ノート1924」の空白ページに清書され
筆記具、インク、筆跡ともに
「浮浪歌」と同じものとされる詩です。
ダダが残るのも同じですが
京都時代のダダは
泰子との「蜜月」期間の制作で
こちらは「別離」後です。
にもかかわらず
「愛の詩」というのであれば
「誰にも見せない」と詩人が言ったという心理を
理解できるような気もします。
◇
涙 語
まずいビフテキ
寒い夜
澱粉過剰の胃にたいし
この明滅燈の分析的なこと!
あれあの星というものは
地球と人との様により
新古自在に見えるもの
とおい昔の星だって
いまの私になじめばよい
私の意志の尽きるまで
あれはああして待ってるつもり
私はそれをよく知ってるが
遂々のとこははむかっても
ここのところを親しめば
神様への奉仕となるばかりの
愛でもがそこですまされるというもの
この生活の肩掛や
この生活の相談が
みんな私に叛(そむ)きます
なんと藁紙の熟考よ
私はそれを悲しみます
それでも明日は元気です
◇
4行―3行―2行―2行―5行―4行―2行の構成は
自在な形を示すほかに
なんの意味も持っていないでしょう。
この詩は「口語自由詩」と呼ぶのがふさわしい!
よくみれば
「私」が第3連以下に必ず出てきます。
第1、第2連で何かの「事件」を「描写」し
第3連以下で「私」の「反応」を歌ったという
「何がどうした」の構造が見えます。
では、第1連の
「まずいビフテキ」
「寒い夜」
「澱粉過剰の胃」
「明滅燈の分析的なこと」
――は何を言っているのでしょう?
◇
まずいビフテキを食べたような
(何かよからぬ体験をした)寒い夜に
でんぷん質が過剰になった胃を
チカチカチカチカと分析している(おまえ)!
(そんなこともあったなあ)
あれはずっと遠い星のできごとだ
地球と人間の状態によって
新らしくも古くも見えるもの。
第3連以下は
いまや「遠い昔の星」となった「事件」で
「私」があれこれと揺れ動いてきた様子が歌われます。
本当はまだ過去の話ではないのですが。
◇
「涙」は
泰子にからんだもの以外にあるでしょうか?
事件直後ならば
ストレートに「涙語」などと書くでしょうか?
二つの疑問が
同時に出てきます。
◇
詩人は
「失ったもの」への「悲しみ」を
どうにか手なずけようとしています。
いまの私になじめばよい
あれはああして待ってるつもり
それでも明日は元気です
――と、なんとか「折れ合い」の策を編み出します。
しかしそういうものの
それがやせ我慢の涙語になっているのを
自ら知っているのです。
◇
今回はここまで。
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