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2013年10月23日 (水)

ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩15「みちこ」

(前回からつづく)

「夏は青い空に……」や
「倦怠(倦怠の谷間に落つる)」や
「身過ぎ」は
昭和4年(1929年)6月に作られた(推定)のですが
この年の終わり頃に
妖艶な女体美を歌った「みちこ」が作られ
昭和5年1月1日付け発行の「白痴群」第5号に発表されます。

この「白痴群」には
「修羅街輓歌」
「暗い天候三つ」
「みちこ」
「嘘つきに」の4篇が発表されますが

「山羊の歌」では
「少年時」の章の次の章に
「みちこ」の章が設けられ
「みちこ」
「汚れっちまった悲しみに……」
「無題」
「更くる夜」
「つみびとの歌」
――の5篇が配置されるのですから
眩暈(めまい)を覚えるほどの多彩な展開です。
クラクラしてしまいます。

これらすべてが
「恋愛詩」と呼んで差し支えない詩ですから
中原中也の恋愛詩は
恋愛詩に限りませんが
一本調子のものではなく
まことに「多面体」です。

みちこ

そなたの胸は海のよう
おおらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あおき浪、
涼しかぜさえ吹きそいて
松の梢(こずえ)をわたりつつ
磯白々(しらじら)とつづきけり。

またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしいて
竝(なら)びくるなみ、渚なみ、
いとすみやかにうつろいぬ。
みるとしもなく、ま帆片帆(ほかたほ)
沖ゆく舟にみとれたる。

またその顙(ぬか)のうつくしさ
ふと物音におどろきて
午睡(ごすい)の夢をさまされし
牡牛(おうし)のごとも、あどけなく
かろやかにまたしとやかに
もたげられ、さてうち俯(ふ)しぬ。

しどけなき、なれが頸(うなじ)は虹にして
ちからなき、嬰児(みどりご)ごとき腕(かいな)して
絃(いと)うたあわせはやきふし、なれの踊れば、
海原(うなばら)はなみだぐましき金にして夕陽をたたえ
沖つ瀬は、いよとおく、かしこしずかにうるおえる
空になん、汝(な)の息絶(た)ゆるとわれはながめぬ。

あなたの胸は海のよう
大きく大きく寄せ上がる。
遥かな空、青い波
涼しい風もが吹き添って
磯が白々と続いている。

あなたの目にはあの空の
果ての果てまでをも映し
次々に並んでやって来るなぎさ波が
とても速く移ろっていくみたい。

あなたの目は
見るともなしに、真帆方帆。
沖行く舟に見とれてる。

またその額の美しいこと!
物音に驚いて
昼寝から目覚めた牡牛のように
あどけなく
軽やかでしとやかに
頭をもたげたかと見る間に
打ち臥してまたまどろむ。

しどけない、あなたの首筋は虹
力ない、赤ん坊のような腕で
糸・唄・合わせ・速き・節。

歌曲の速いフレーズに乗って
あなたが踊ると
海原は涙ぐんで金色の夕日をたたえ
沖の瀬は、いよいよ遠く
向こうの方に静かに潤っている
空に、あなたの息が絶えようとする
その瞬間を
僕は見た。

ああ、みちこ
きれいだ。
――と末尾にあっては蛇足でしょうか。

今回はここまで。

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