ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩12「雪の宵」その2
(前回からつづく)
「雪の宵」の雪は
ホテルの屋根に降る雪であり
過ぎ去った(女)のその手か、囁きかのようであり
暗い空から降る雪であるのに
「汚れっちまった悲しみに……」の雪のように
やわらかく
ほのかな熱があり
冷たいだけの雪ではないのは
雪が消してしまうはずの過去が
まだ息づいているからです。
雪は冷たいのですが
ふかふか煙突煙吐いて
赤い火の粉も刎ね上り
ふかふか煙突も
赤い火の粉も
今手に取れる近い過去の思い出のように
僕の心の中で跳(刎)ねているのです。
雪と煙や火の粉が
とろけあって
まるで「あったかい雪」を錯覚させます。
理詰めに追うと
「嘘っぽく」なってきますが
詩が「錯綜」しているわけではありません。
◇
雪をモチーフにしているところが
「山羊の歌」の中では
「汚れっちまった悲しみに……」や
「生い立ちの歌」とともに「雪の宵」は
「雪3部作」といえる詩です。
これら雪を借りて歌われた恋は
どれもこれも
「過去のものになった恋」を示しながら
「現在」も消えていない「思い出」のような恋です。
「雪の宵」の恋は
「過ぎしその手か、囁きか」ですし
「汚れっちまった悲しみに……」の恋は
「なすところもなく日は暮れる……」どうすることもできない恋ですし
「生い立ちの歌」の恋は
「花びらのように」降る雪のようですし
個人の歴史に刻印された一こまでありながら
恋の「今」以外を歌っていません。
◇
雪は
過去を消し去る存在でありながら
かつて確かに存在したことを証(あか)すものであり
過去を明るみに出し浮き彫りにする装置です。
雪中花の雪です。
花は恋です。
◇
生い立ちの歌
Ⅰ
幼 年 時
私の上に降る雪は
真綿(まわた)のようでありました
少 年 時
私の上に降る雪は
霙(みぞれ)のようでありました
十七〜十九
私の上に降る雪は
霰(あられ)のように散りました
二十〜二十二
私の上に降る雪は
雹(ひょう)であるかと思われた
二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪(ふぶき)とみえました
二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……
Ⅱ
私の上に降る雪は
花びらのように降ってきます
薪(たきぎ)の燃える音もして
凍(こお)るみ空の黝(くろ)む頃
私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸(さしの)べて降りました
私の上に降る雪は
熱い額(ひたい)に落ちもくる
涙のようでありました
私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生(ながいき)したいと祈りました
私の上に降る雪は
いと貞潔(ていけつ)でありました
◇
汚れっちまった悲しみに……
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる
汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘(かわごろも)
汚れっちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる
汚れっちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れっちまった悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢(ゆめ)む
汚れっちまった悲しみに
いたいたしくも怖気(おじけ)づき
汚れっちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……
◇
雪の宵
青いソフトに降る雪は
過ぎしその手か囁きか 白 秋
ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁(ささや)きか
ふかふか煙突(えんとつ)煙吐(けむは)いて、
赤い火の粉(こ)も刎(は)ね上る。
今夜み空はまっ暗で、
暗い空から降る雪は……
ほんに別れたあのおんな、
いまごろどうしているのやら。
ほんにわかれたあのおんな、
いまに帰ってくるのやら
徐(しず)かに私は酒のんで
悔(くい)と悔とに身もそぞろ。
しずかにしずかに酒のんで
いとしおもいにそそらるる……
ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁きか
ふかふか煙突煙吐いて
赤い火の粉も刎ね上る。
◇
中原中也は「雪3部作」のほかに
「在りし日の歌」の「雪の賦」や
未発表作品の「雪が降っている……」や
晩年作「僕と吹雪」などを歌っていますが
これらも兄弟のような詩です。
◇
今回はここまで。
« ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩12「雪の宵」 | トップページ | ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩13「夏は青い空に……」 »
「019中原中也/「白痴群」のころ」カテゴリの記事
- ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩17「時こそ今は……」その2(2013.10.30)
- ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩17「時こそ今は……」(2013.10.28)
- ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩16「妹よ」その2(2013.10.27)
- ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩16「妹よ」(2013.10.25)
- ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩15「みちこ」その2(2013.10.24)
« ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩12「雪の宵」 | トップページ | ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩13「夏は青い空に……」 »
コメント