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2013年10月 1日 (火)

ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩6「盲目の秋」

(前回からつづく)

絶望の底にあっても
絶望しない。
絶望に身を委ねてしまわない――。

絶望に洗われ
翻弄され
木っ端微塵(こっぱみじん)になった自分の「亡骸」を
もう一人の自分が見ている――。

自分の「骨」を見ている世界のようでありながら
その一線は越えていないで
「無限の前で」踏ん張っている。

「死」を垣間(かいま)見ながら
もし「その時」がきたなら「せめて」と
まだその時ではないことが示されます。
「死」を「あの世」から見ているのではありません。

これを「希望」と呼ぶことには無理があるかもしれませんが
絶望一色でないところに詩人は立っています。

「盲目の秋」は
「失恋」の痛みから歌われた詩ですが
もはやその「範疇」に止まっていない詩です。
「恋愛詩」の領域を超えてしまっています。

盲目の秋
 
   Ⅰ

風が立ち、浪(なみ)が騒ぎ、
  無限の前に腕を振る。

その間(かん)、小さな紅(くれない)の花が見えはするが、
  それもやがては潰(つぶ)れてしまう。

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまえに腕を振る。

もう永遠に帰らないことを思って
  酷白(こくはく)な嘆息(たんそく)するのも幾(いく)たびであろう……

私の青春はもはや堅い血管となり、
  その中を曼珠沙華(ひがんばな)と夕陽とがゆきすぎる。

それはしずかで、きらびやかで、なみなみと湛(たた)え、
  去りゆく女が最後にくれる笑(えま)いのように、

厳(おごそ)かで、ゆたかで、それでいて佗(わび)しく
  異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

      ああ、胸に残る……

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまえに腕を振る。

   Ⅱ

これがどうなろうと、あれがどうなろうと、
そんなことはどうでもいいのだ。

これがどういうことであろうと、それがどういうことであろうと、
そんなことはなおさらどうだっていいのだ。

人には自恃(じじ)があればよい!
その余(あまり)はすべてなるままだ……

自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、
ただそれだけが人の行(おこな)いを罪としない。

平気で、陽気で、藁束(わらたば)のようにしんみりと、
朝霧を煮釜に塡(つ)めて、跳起(とびお)きられればよい!

   Ⅲ

私の聖母(サンタ・マリヤ)!
  とにかく私は血を吐いた! ……
おまえが情けをうけてくれないので、
  とにかく私はまいってしまった……

それというのも私が素直(すなお)でなかったからでもあるが、
  それというのも私に意気地(いくじ)がなかったからでもあるが、
私がおまえを愛することがごく自然だったので、
  おまえもわたしを愛していたのだが……

おお! 私の聖母(サンタ・マリヤ)!
  いまさらどうしようもないことではあるが、
せめてこれだけ知るがいい――

ごく自然に、だが自然に愛せるということは、
  そんなにたびたびあることでなく、
そしてこのことを知ることが、そう誰にでも許されてはいないのだ。

   Ⅳ

せめて死の時には、
あの女が私の上に胸を披(ひら)いてくれるでしょうか。
  その時は白粧(おしろい)をつけていてはいや、
  その時は白粧をつけていてはいや。

ただ静かにその胸を披いて、
私の眼に副射(ふくしゃ)していて下さい。
  何にも考えてくれてはいや、
  たとえ私のために考えてくれるのでもいや。

ただはららかにはららかに涙を含み、
あたたかく息づいていて下さい。
――もしも涙がながれてきたら、

いきなり私の上にうつ俯(ぶ)して、
それで私を殺してしまってもいい。
すれば私は心地よく、うねうねの暝土(よみじ)の径(みち)を昇りゆく。

「盲目の秋」が
「めしいのあき」と読まれなくなってしまったのは
冒頭の重量感あふれる詩語が
人々をタイトルというよりも
詩世界そのものへ引きずり込むからでしょうか。

風が立ち、浪が騒ぎ、
無限のまえに腕を振る。

――この2行の3度のルフラン(繰り返し)が
人々を否応もなく
この言葉との対峙を迫るからでしょうか。

断崖絶壁に立つ詩人が
覗き込んだ深淵に
見え隠れする血の色の花――。

激しく揺れ騒ぐ波の間に
紅の花は崩れ去ってしまいます。

何度も何度も
こうして深い溜息を漏らしたことだろう。

去ってゆく女が寄越す
微笑のような
哄笑のような

しずかで
キラキラしていて
なみなみとして

おごそかで
ゆたかで
わびしく
異様で
温かで
ピカッときらめく

一瞬が
胸に残ります。
永遠に……。

今回はここまで。

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