ひとくちメモ「白痴群」前後・「片恋」の詩16「妹よ」その2
(前回からつづく)
恋の相手に
兄が妹を思う愛情が混ざっていて
恋人への愛情と妹への愛情との境界など見えないので
はっきり区別できないというようなことはありますし
二つの気持ちがかぶさっている領域があるかもしれないし……
恋人に「妹よ」と
感嘆の気持ちを抱いて呼びかけても
おかしいことではありません。
◇
元始、「いも」は
「妻」であり「恋人」であり「姉妹」でした。
恋も色々な貌(かお)を持ちます。
色々な形があって当たり前です。
◇
妹 よ
夜、うつくしい魂は涕(な)いて、
――かの女こそ正当(あたりき)なのに――
夜、うつくしい魂は涕いて、
もう死んだっていいよう……というのであった。
湿った野原の黒い土、短い草の上を
夜風は吹いて、
死んだっていいよう、死んだっていいよう、と、
うつくしい魂は涕くのであった。
夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに
――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかった……
◇
そもそもこの詩には、
湿った野原の黒い土
短い草
夜風が吹いている
――という「舞台装置(背景)」が歌われているだけです。
ほかには、
「死んだっていいよう」と泣く女性らしき人
わたくし
――だけが現われますが
この女性は
ここにいるのかが判然とはしないで
風の中から声が聞えてきます。
やがて、ここに女性の存在はなく
風そのものの声のようなことがわかってきます。
いつかそう言うのを聞いたことがあるか
いまそう言うのが聞えているのか
女性の姿はなく
声だけが風の中から聞えているのです。
風が声になっているのです。
◇
どのような理由があって
「死んでもいい」「よう」というのか。
なんの手掛かりはありません。
「よう」という「終助詞」だけが
女性の正体の片鱗を見せます。
「う」があることによって
幼児(年下)が使った言葉であることがわかります。
「妹よ」でなければならなかった
タイトルの由来がここにあります。
◇
「妹」のような女性
「妹」のような恋人
――というほどの存在を想像するだけが
この詩を味わうのに必要であり
それで十分です。
◇
今回はここまで。
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