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2013年11月 4日 (月)

「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・「春の夜」その2

(前回からつづく)

向うに見える窓枠は
この詩の歌い手の右か左かの上方(2階あたり)か
1階の、今歌い手がいる庭に地続きとなった1階の部屋なのか

いったん詩の世界に入り込むと
舞台背景(装置)の位置関係が気になりはじめます。

女性がなごやかな時を過ごしているのを
窓越しに見上げているのか
もっと近くに親密な距離で女性が見えているのか

(わたしのいる)庭の地面は月光を受けて「身もそぞろ(失神し)」
まだら状の付け黒子になっている。

――という第2連は、
ほの暗い場所の描写ですから
女性のいる部屋からは距離をおいている
歌い手の眼前に庭は広がり
木立ちは庭を取り巻いている……

こちらの地上も
「こともなしに」なごやかな時が流れているのだから
木々よ! 揺らすな、風を立てるな
はにかみ立ち回れよ

あの部屋から流れるこのすずろな音楽を聞いて
希望が湧くでもなく、かといって、深い悔いの気持ちが生まれるものでもない

どうやら歌い手は一所にいて
そこからは女性のいる窓も庭の土も木々も見える、という一定の位置から歌ったか
女性のいる部屋から庭へ下りて、という動きを歌ったか
そのどちらかを歌ったと読んでよいことがわかります。

「2次元の世界」を歌っているのです。
シュルレアリズムの詩ではありません。
だからそれほど難解ではないような気がしてきます。

第5連は、長考の末……。

つましい暮らしをする木工だけが
夢の中に現われる駱駝(らくだ)のキャラバンの足並みを見るだろう
――と読みました。

希望もなく、悔いもなく
「こともない」「春の夜」は
それだけで、この上もこの下もない「充足した時」ですが
なお「隊商のその足竝(あしなみ)」を夢の中で見ることが出来るとすれば
つつましい木工の暮らしに習いなさい、
――と自らに言い聞かせるのです。

「隊商の足竝(あしなみ)」は
自由で豊かで安定して勢いのある生活の象徴にほかなりません。

ややモラリッシュな詩行の観がありますが
ここはこの詩が単に風景描写の詩に止まらないことを示します。

この連を経て
また女性のいる部屋に視線は誘われます。

窓の中(うち)にはさわやかの、おぼろかの
  砂の色せる絹衣(きぬごろも)。

こんど「花」は「絹衣」になって姿を現わしますが
その絹衣は「砂の色」です。
より艶(なま)めかしくなりますが
エロチックというほどではありません。

今回はここまで。

春の夜
 
燻銀(いぶしぎん)なる窓枠の中になごやかに
  一枝の花、桃色の花。

月光うけて失神し
  庭の土面(つちも)は附黒子(つけぼくろ)。

ああこともなしこともなし
  樹々よはにかみ立ちまわれ。

このすずろなる物の音(ね)に
  希望はあらず、さてはまた、懺悔(ざんげ)もあらず。

山虔(やまつつま)しき木工(こだくみ)のみ、
  夢の裡(うち)なる隊商のその足竝(あしなみ)もほのみゆれ。

窓の中(うち)にはさわやかの、おぼろかの
  砂の色せる絹衣(きぬごろも)。

かびろき胸のピアノ鳴り
  祖先はあらず、親も消(け)ぬ。

埋(うず)みし犬の何処(いずく)にか、
  蕃紅花色(さふらんいろ)に湧きいずる
      春の夜や。

(新編中原中也全集 第1巻」より。「新かな」に改め、一部「振りがな」を加えました。編者。)

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