「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・「春の夜」
(前回からつづく)
「月」につづいて
「山羊の歌」中の超・難解詩を読みましょう。
◇
春の夜
燻銀(いぶしぎん)なる窓枠の中になごやかに
一枝の花、桃色の花。
月光うけて失神し
庭の土面(つちも)は附黒子(つけぼくろ)。
ああこともなしこともなし
樹々よはにかみ立ちまわれ。
このすずろなる物の音(ね)に
希望はあらず、さてはまた、懺悔(ざんげ)もあらず。
山虔(やまつつま)しき木工(こだくみ)のみ、
夢の裡(うち)なる隊商のその足竝(あしなみ)もほのみゆれ。
窓の中(うち)にはさわやかの、おぼろかの
砂の色せる絹衣(きぬごろも)。
かびろき胸のピアノ鳴り
祖先はあらず、親も消(け)ぬ。
埋(うず)みし犬の何処(いずく)にか、
蕃紅花色(さふらんいろ)に湧きいずる
春の夜や。
◇
一つひとつの行をていねい読んで
一つの連を読み終えたら
次の連の行へと進みまた次の行へ
そして、その連を読み終えると次の連へ
行から行へ、連から連へ
イメージをつなぎ合わせようとしても
つながらない時があり
こういう時に詩は難解なものになります。
「月」のようには整然としていない
「春の夜」が難解なのは
行と行、連と連が連続していないと受け取られて
「物語」を読み取れなかったり
詩を歌っている視点の移動が把握できなかったり
詩自体がピカソの絵のように
複数の視点で描(書)かれていると見られたりするからです。
◇
その上
一つひとつの詩行が
なぜそこに書かれたか
理由がつかみにくいものがあったり
書かれたことの意味がつかみにくいものであったりもするから
全体をとらえにくいからです。
◇
第1連第1行の「窓枠」と
第6連第1行の「窓」は
同じ窓なのか、とか、
第2連の「失神し」の主体(主語)は何か、
「失神」はどのようなことを喩(たと)えているか、とか
第3連の
樹々(きぎ)よはにかみ立ちまわれ。
――の意味は何か、とか、
第4連第1行の
「このすずろなる物の音に」の
「この」とは何を指しているのか、とか、
「すずろなる物の音」とは何か、
第7連の「ピアノ」のことか、とか、
第5連の
山虔(やまつつま)しき木工のみ、
夢の裡(うち)なる隊商(たいしょう)のその足竝(あしなみ)もほのみゆれ。
――は、丸ごと意味が通じない、
なぜ突如、木工や隊商が登場するのか、とか、
第7連の
祖先や親とは、誰のことか、とか、
……
モヤモヤしたものが残ります。
◇
しかし、難解な詩行はあるにしても
難解な語句はないのが
「春の夜」の特徴といえば特徴です。
冒頭連の
燻銀(いぶしぎん)なる窓枠の中になごやかに
一枝(ひとえだ)の花、桃色の花。
――は、
銀フレームの窓枠の中に「なごやかに」
1本の花(=女性)があり、
桃色の衣裳を着ている、というような「描写」でしょう。
「描写」といっても
写実ではなく
「暗喩(メタファー)」や「象徴化(シンボライゼーション)」などの技を通していますから
情景をイメージするのに少し手間取りますが
この詩のセッティングはおおよそ把握できます。
女性がなごやかな状態で窓の中に見える
「春の夜」の情景の歌い出しです。
◇
ゆらゆらする感じや
クラクラする感覚がありますが
詩のはじまりはすんなりと
詩の中へ入り込んでいけます。
◇
今回はここまで。
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