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2013年11月 1日 (金)

「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・序の2

(前回からつづく)

「中原中也の手紙」の著者、安原喜弘は

この様にして昭和4年の夏は彼との放浪の中にあわただしく、且又救いようのない魂の倦怠の中に過ぎ去った。この頃の彼は既に「初期詩篇」のいくつかと「少年時」に出て来る苛烈な心象風景を歌い終っていた。

――と記しています。

安原を詩人が知ったのは
昭和3年秋ということで
高田博厚を詩人が知ったのは
昭和4年7月ですから
安原がいう「放浪の中にあわただしく」「救いようのない魂の倦怠の中に過ぎ去った」「夏」に
高田博厚は現われたということになります。

高田は1900年(明治33年)8月生まれですから
中也より7歳も上だったせいか
何かと「たより」になる存在だったし
初対面した頃にはフランス行きの計画が進んでいたはずですから
中也は高田の話を聞きたかったに違いありません。

それで、7月には
高田のアトリエのある中高井戸へ引っ越し
頻繁に高田を訪問することになります。

「生活者」への寄稿は
この年、昭和4年発行の9月号、10月号ですから
面識を得てすぐのことであることがわかります。

安原喜弘は昭和4年の夏を振り返って
中也がすでに「初期詩篇」のいくつかと「少年時」の詩を歌い終わっていたというのですから
「朝の歌」や「臨終」にはじまる
「秋の夜空」「宿酔」などの「初期詩篇」や
大岡昇平が「片恋」で取りあげた「少年時」などの詩篇を
詩人から直(じか)に読ませてもらっていたのでしょう。

「初期詩篇」には
「月」や「春の夜」「凄じき黄昏」など
古典や歴史をモチーフにして
漢語を多用し難解な詩の一群(これを「高踏的」というそうです。)
「ためいき」もこの系列に入れてもおかしくありません

「サーカス」や「秋の夜空」「宿酔」など
幻想的でファンタジーのある詩群
「春の日の夕暮」を含めたダダ、シュールの系譜

「朝の歌」など自他ともに「完成度の高い」と認め・認められた詩
失われた時、喪失をテーマにした「黄昏」などへも繋がる

「臨終」「秋の一日」「港市の秋」などの
「横浜もの」と呼ばれる詩

「都会の夏の夜」や「冬の雨の夜」など
都会(の風景)を歌った詩篇

「深夜の思い」は
「泰子」の影が現われる唯一の例
「少年時」「みちこ」「秋」に繋がる布石です

「帰郷」「悲しき朝」など
故郷・山口を題材にした詩群

……などと
綺羅星(きらぼし)のように
個性的な詩が色とりどりにかがやいています。

「初期」の作品だから
未熟であるとか
未完成であるとかが全くなく
珠玉の名品が犇(ひしめ)いているのは
類例をみません。

まるで宝島です。

「生活者」に載せた13の詩篇と
「初期詩篇」22篇の関係を見ると、

春の日の夕暮
月●
サーカス●
春の夜●
朝の歌●
臨終
都会の夏の夜●
秋の一日
黄昏●
深夜の思い
冬の雨の夜
凄じき黄昏
逝く夏の歌●
悲しき朝●
夏の日の歌
夕照
港市の秋●
ためいき
春の思い出●
秋の夜空●
宿酔

――となります。
●が「生活者」発表作品です。

「夏の夜」と「春」は
「在りし日の歌」に配置されました。

今回はここまで。

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