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2013年11月 6日 (水)

「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・「春の夜」その3

(前回からつづく)

「春の夜」に流れている「すずろなる物の音(ね)」(第4連)は
第7連にきて
「かびろき胸のピアノ」という正体を現わします。

このピアノを弾くのは
「一枝の花、桃色の花」(第1連)の女性でしょうか?
「砂の色せる絹衣(きぬごろも)」の女性でしょうか?
これらの女性は同一人物でしょうか?

それとも窓の中には
ほかにピアノの演奏者がいるのでしょうか?
その演奏者は女性でないこともあるでしょうか?

かびろき胸のピアノ鳴り
  祖先はあらず、親も消(け)ぬ。

――という第7連にやってきて
これらの疑問に答えを出さなくては
詩を読みきれないというような
見極めの段階に入ります。

この詩のヒロインが
一人か否かかは
この詩の命に関わることです。

そのことを読み取らねばならないところにさしかかっています。
判断する時期です。

最終連
埋(うず)みし犬の何処(いずく)にか、
  蕃紅花色(さふらんいろ)に湧きいずる
      春の夜や。

――とともに第7連は
この詩の「結び」(エンディング)なので
まさに「読む」ことを求められています。

ああも考えられる
こうも考えられる、という「判断停止(留保)」を脱し
詩の核心に触れるのです。

ピアノを弾く女性のいでたちが
意外(?)に
胸幅(むなはば)があるというイメージは
7オクターブもある鍵盤の左から右、右から左と
鍵をなぞって往復する奏者の「逞(たくま)しさ」を表わすのでしょうか。

ピアノを弾く姿に孤独の影があるのは
祖先や親や……係累を感じさせない「強さ」があるからです。
彼女は一人でなければなりません。

最終連の
「埋みし犬」の意味が
このようにして導き出されていきます。

祖先、親……
埋葬した愛犬……
すべての過去……

次々に立ち昇ってくる!
サフラン色に
わーっと湧いてくる!

春の夜――。

詩を読み終えようとする時に
歌い手である詩人は
孤影ただよう女性その人に重なっています。

詩人は女性と同化しています。

今回はここまで。

春の夜
 
燻銀(いぶしぎん)なる窓枠の中になごやかに
  一枝の花、桃色の花。

月光うけて失神し
  庭の土面(つちも)は附黒子(つけぼくろ)。

ああこともなしこともなし
  樹々よはにかみ立ちまわれ。

このすずろなる物の音(ね)に
  希望はあらず、さてはまた、懺悔(ざんげ)もあらず。

山虔(やまつつま)しき木工(こだくみ)のみ、
  夢の裡(うち)なる隊商のその足竝(あしなみ)もほのみゆれ。

窓の中(うち)にはさわやかの、おぼろかの
  砂の色せる絹衣(きぬごろも)。

かびろき胸のピアノ鳴り
  祖先はあらず、親も消(け)ぬ。

埋(うず)みし犬の何処(いずく)にか、
  蕃紅花色(さふらんいろ)に湧きいずる
      春の夜や。

(新編中原中也全集 第1巻」より。「新かな」に改め、一部「振りがな」を加えました。編者。)

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