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2013年11月18日 (月)

「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・「悲しき朝」その2

(前回からつづく)

「悲しき朝」は
詩人の故郷のものらしき河瀬の音を歌いだし(遠景)
やがて、
昔日に、一人岩場に歌う詩人(近景)をとらえます。

そして、
後半部に入って「展開」があるはずが

知れざる炎、空にゆき!

響(ひびき)の雨は、濡(ぬ)れ冠(かむ)る!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

われかにかくに手を拍く……

――と「連」の形をつくらずに
詩は完結します。

後半のこの「4行」は
きっと「4連」の「省略」です。

「省略」は詩を生む有力な武器ですが
それが「強い」分だけ
説明とか描写とか独白とか……
詩行としてあってもおかしくない部分がなくなるわけですから
「読み」に難しさが加わります。

冒険ともいえるような
言語の「遊び」もしくは「実験」を
詩人は
詩を書きはじめたダダ時代以来
果敢に本気で試みています。
この詩もその例です。

後半部「4行」をいかに読むか――。

「4行」は
前半2連と何らかは「連続」しているのですから
4行はみんな
河瀬の音を聴きながら
雲母の口をして歌った、という「描写」を受けているものと読むのが自然でしょう。

これ(前半と後半)が無関係であったら
まったく詩を読むことはできなくなります。

前半2連に引き続いて
詩は詩人の「思い」を述べている――。

あの時の情景を振り返る詩人の「思い」は
次第に乱れあるいは高まり
口をとがらせてしゃがれるまでに歌った「ぼく」の心に
すっかりかぶさりますが……

あの時
「知れざる炎」が空に飛んでいったのだ!
「響の雨」はぼくを濡れ冠むったのだ!

……

行末に「!」が連続していることは
この2行が「同格」を示しているものといえるでしょう。

3行目の「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」と
最終行の末尾「……」も同格らしい。

こみ上げてきて言い尽くせぬ思い
言ってはいけない秘密のようなもの。

「知れざる炎」も「響の雨」も
詩人が河瀬で歌った過去に喚起されて
現在の詩人の中に湧き起こった思いです。
それを「詩の言葉」にしたものです。

今日この日に河瀬に来て
昔のある日の経験を思い出して書いたのか
河瀬をこの詩を書いた時の詩人が見たかどうかはわかりませんが
遠い日の思い出が現在にかぶさってきて
詩人の心は揺れています。

「……」は
詩人の心の揺れを表わすでしょう。

その揺れこそ
詩を書くことそのものに繋がります。

詩そのものかもしれません。

今回はここまで。

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