「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・「都会の夏の夜」
(前回からつづく)
「春の夜」は
全行にわたって解説しているものがなかなか見つからず
「新編中原中也全集」や「中原中也必携(別冊国文学)」などを参考にしながら
ともかくも自力で読んでみました。
「春の夜」の難しさは
全連、各詩行の一つひとつが難解である上に
各連各行の「つながり」がとらえにくいことからくるもののようでしたが
「山羊の歌」の「初期詩篇」には
これと似た「作り」の詩が幾つかあります。
「月」
「凄じき黄昏」
「ためいき」
――がそのグループとなり
「月」「春の夜」は「生活者」に初出した後に
「山羊の歌」に配置された詩です。
この4作を読みこなせば
「山羊の歌」の「初期詩篇」の難解さは氷解しはじめ
一つひとつの詩がキラキラと輝きはじめ
全22篇の詩世界が「妍(けん)を競う」ような
華麗な姿を現わします。
◇
「山羊の歌」「初期詩篇」には
このほかに
詩の全体の大意は理解できるものの
ある特定の詩行が難解で
とりあえずは「回避」して読み過ごしてきた詩があります。
出だしはそれほど難解ではなく
詩世界の中にスムーズに没入していけるのだけれど
「岩のような」その難解な詩行にぶつかり
その岩には登らずに
回り道して頂上に辿りついたような詩――。
分からない詩句は分からないままに
およその見当はつけても
アバウトな想像に留めておいて
最後まで読んだ詩です。
◇
トタンがセンベイ食べて
(春の日の夕暮)
死んだ火薬と深くして
眼に外套の滲みいれば
(都会の夏の夜)
夏の夜の露店の会話と、
建築家の良心はもうない。
あらゆるものは古代歴史と
花崗岩のかなたの地平の目の色。
(秋の一日)
波うつ毛の猟犬見えなく、
猟師は猫背を向うに運ぶ
(深夜の思い)
人の情けのかずかずも
ついに蜜柑の色のみだった?……
(冬の雨の夜)
飛んでくるあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗っておいた。
(逝く夏の歌)
……
◇
「初期詩篇」をパラパラめくれば
こんな詩句にぶつかります。
これらの難解さは
「初期詩篇」の前半部だけにあるもののようです。
「初期詩篇」の後半部の詩篇からは
次第にその難しさは薄れていきます。
◇
これらの難解詩行を含む詩篇のうち
「生活者」初出の作品を読んでいきましょう。
という絞り方をすると
「都会の夏の夜」が浮かんできます。
◇
都会の夏の夜
月は空にメダルのように、
街角に建物はオルガンのように、
遊び疲れた男どち唱(うた)いながらに帰ってゆく。
――イカムネ・カラアがまがっている――
その脣(くちびる)は胠(ひら)ききって
その心は何か悲しい。
頭が暗い土塊(つちくれ)になって、
ただもうラアラア唱ってゆくのだ。
商用のことや祖先のことや
忘れているというではないが、
都会の夏の夜の更――
死んだ火薬と深くして
眼(め)に外燈(がいとう)の滲(し)みいれば
ただもうラアラア唱ってゆくのだ。
(新編中原中也全集 第1巻」より。「新かな」に改め、一部「振りがな」を加えました。編者。)
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