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2013年11月28日 (木)

「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・「朝の歌」

(前回からつづく)

「悲しみの朝」「黄昏」を読んできた流れで「朝の歌」を読むのも
「生活者」に発表されて後に「山羊の歌」に配置される詩だからですが
「悲しみの朝」「黄昏」は昭和4年9月号発表ですが
「朝の歌」は10月号の発表になります。

「朝の歌」が「生活者」に発表されていたこと自体に目を見張らされますが
「生活者」への発表は「スルヤ」よりも後のことになり
2度目の発表(第2次形態)です。

この詩にまつわるエピソードは数多くあるため
詩そのものを読むには「妨(さまた)げ」になるほどですから
ここでは詩を読むことに集中しましょう。

朝の歌
 
天井に 朱(あか)きいろいで
  戸の隙(すき)を 洩(も)れ入(い)る光、
鄙(ひな)びたる 軍楽(ぐんがく)の憶(おも)い
  手にてなす なにごともなし。

小鳥らの うたはきこえず
  空は今日 はなだ色らし、
倦(う)んじてし 人のこころを
  諫(いさ)めする なにものもなし。

樹脂の香(か)に 朝は悩まし
  うしないし さまざまのゆめ、
森竝(もりなみ)は 風に鳴るかな

ひろごりて たいらかの空、
  土手づたい きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。

この詩が、文語57調のソネットであり
詩人自らが書いた創作歴「詩的履歴書」(昭和11年)に

「大正十五年五月、『朝の歌』を書く。七月頃小林に見せる。それが東京に来て詩を人に見せる最
初。つまり「朝の歌」にてほゞ方針立つ。(略)」

――とあることくらいは
押さえておいたほうがよいかもしれませんが
知らなくてもよいでしょう。

そんなことを知らなくても
この詩を読むことができます。

天井に 朱(あか)きいろいで
  戸の隙(すき)を 洩(も)れ入(い)る光、

――とはじまる第1連の2行を
「雨戸」から洩れて入っている朝の陽光が
寝床から見上げる天井へと伸び
朱色に燃えている、という情景を浮かべることができれば
この詩の世界へ入り込んでいます。

そうすれば
詩人は今、寝床にあり
遅い朝を迎えていますが
その詩人と同じ位置に自分を重ねていることになります。
これは詩を「体験」しているようなことです。

鄙(ひな)びたる 軍楽(ぐんがく)の憶(おも)い
  手にてなす なにごともなし。

この行は、「軍楽」の読みがさまざまに可能ですが
ここでは戸外から鼓笛隊の演奏が聞えてきて
(洗練されない)鄙びた音をあたりに響かせている
特定の誰かが聞き耳を立てていて
喝采を浴びているというわけでもない
その所在なげな響きが
気も遠くなるような「平和」なのです。

その音が止(や)んでみれば
小鳥の声さえも聞えない昼に近い時間帯
垣間見えた空はうっすら透明な青(はなだ色)の快晴らしい。
首を回して空を覗くのも
億劫(おっくう)な詩人。

昨晩の酒が残り
怠惰に休んでいるひとときを
だれもとがめるものもありません。

今回はここまで。

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