「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・「サーカス」その2
(前回からつづく)
「月」に「胸に残った戦車の地音」
「サーカス」に「茶色い戦争」「落下傘奴」
「朝の歌」に「鄙びたる軍楽の憶い」
……と戦争が歌われています。
そうとなれば
「春の日の夕暮」に「馬嘶くか」や「荷馬車の車輪」とあり
「春の夜」に「夢の裡なる隊商」とあり
「臨終」に「黒馬の瞳のひかり」とあるのも
戦争の匂いがしないでもなくなってきますが
そのように拡大解釈しなくても
「月」「サーカス」「朝の歌」には戦争が影を落としています。
前面に出ていなかったとしても。
◇
「サーカス」は「茶色い戦争」と
ズバリ「戦争」という言葉を「詩語」に使い
それをかつてあった戦争という意味で使い起こし
最後には目の前にある「ブランコ=落下傘=戦争」を暗示するかのように使います。
もちろん、戦争を文字通りに取ることもないのですが
戦争といったからには戦争で
戦争以外にない戦争のことです。
茶色であろうが黄色であろうが赤色であろうが
戦争は戦争です。
◇
中原中也は
来し方(こしかた)を振り返って戦争に喩(たと)え
その来し方は現在に至って今夜の酒=一と殷盛りとなって
サーカスを幻想するのですが
幻想の中にまた戦争が顔を出すのです。
そういう詩です。
◇
サーカス
幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました
幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました
幾時代かがありまして
今夜此処での一(ひ)と殷盛(さか)り
今夜此処での一と殷盛り
サーカス小屋は高い梁(はり)
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ
頭倒(あたまさか)さに手を垂れて
汚れ木綿(もめん)の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
それの近くの白い灯(ひ)が
安値(やす)いリボンと息を吐(は)き
観客様はみな鰯(いわし)
咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
屋外は真ッ闇(くら) 闇の闇
夜は劫々と更けまする
落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
◇
「一と殷盛り」を
酒宴としなくてもいいでしょう。
深夜の思索が高揚し
盛り上がったハイになった状態を
「殷賑(いんしん)を極める」の「殷」から取って
「一と殷盛り(ひとさかり)」としたのです。
◇
このひとさかりの幻想の戦争は
ゆあーんゆあーんと揺れるブランコに乗って現われ
サーカス小屋の中で
ゆあーんゆあーんと揺れ
観客も揺れて
小屋全体が揺れている状態です。
それが小屋の外へ
ゴーゴーと更ける真っ暗闇へと突破し
いつしか揺れるのは落下傘です。
落下傘のノスタルジーが揺れるのです
ゆあーんゆあーん、と。
◇
幾時代かがありまして――と
ナレーションのようにはじまった詩が
最終連は「字下げ」の形になって
「夜は劫々と更けまする」と
再びナレーションに戻った恰好で終わります。
これはまるでランボーのドラマツルギーです。
◇
今回はここまで。
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