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2013年12月16日 (月)

「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・「港市の秋」

(前回からつづく)

「港市の秋」は
海の見える町を散策する詩人が
市井(しせい)の暮らしのあまりにも平和なたたずまいを見て
自身の暮らし(生き様)との隔絶感を歌った詩です。

港市の秋
 
石崖に、朝陽が射して
秋空は美しいかぎり。
むこうに見える港は、
蝸牛(かたつむり)の角(つの)でもあるのか

町では人々煙管(キセル)の掃除。
甍(いらか)は伸びをし
空は割れる。
役人の休み日――どてら姿だ。

『今度生れたら……』
海員が唄う。
『ぎーこたん、ばったりしょ……』
狸婆々(たぬきばば)がうたう。

  港(みなと)の市(まち)の秋の日は、
  大人しい発狂。
  私はその日人生に、
  椅子を失くした。

昭和4年に「生活者」第9号第10号に発表され
「山羊の歌」の「初期詩篇」に収録された詩は
これでお仕舞となります。

「生活者」発表の詩は「山羊の歌」ばかりでなく
「在りし日の歌」に「春」と「夏の夜」が収録されました。

詩人は「生活者」発表のすべての詩を未発表とせず
江湖(こうこ)に問うたことになります。

「港市の秋」は
「横浜」を題材にした詩群の一つです。
これを「横浜もの」と呼びます。

「山羊の歌」には
「港市の秋」のほかに
「臨終」
「秋の一日」
「在りし日の歌」には
「むなしさ」
「未発表詩篇」には
「かの女」
「春と恋人」
――という「横浜もの」があります。

横浜は
母フクが生まれ(明治12年)
7歳まで過ごした土地であった関係もあり
詩人はよく遊びました。

(略)横浜という所には、常なるさんざめける湍水の哀歓の音と、お母さんの少女時代の幻覚と、
謂わば歴史の純良性があるのだ。あんまりありがたいものではないが、同種療法さ。
――などと、友人の正岡忠三郎に宛てた大正15年1月の手紙に記しています。

はじめは「むなしさ」が
「在りし日の歌」の冒頭詩であったことはよく知られたことです。

「横浜もの」に込めた詩人の思いは大きなものがありますが
「初期詩篇」に「港市の秋」「臨終」「秋の一日」の3作を配置していることも
それを物語っていることでしょう。

「港市の秋」は
「生活者」から「山羊の歌」へという流れを示す
唯一(ゆいつ)の詩です。

「横浜もの」には
いずれも「孤独の影」のようなものが漂います。

今回はここまで。

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