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2013年12月 9日 (月)

「生活者」から「山羊の歌・初期詩篇」へ・「春の思い出」

(前回からつづく)

詩の結末部が
現実のものでないような
夢や幻のような幻想的な(ファンタジックな)
あるいは「超現実的な(シュール)もの」に作られている――。

その系譜にあるのが
「春の思い出」です。

この詩も「生活者」の
昭和4年10月号に発表されました。

春の思い出

摘み溜(た)めしれんげの華を
  夕餉(ゆうげ)に帰る時刻となれば
立迷う春の暮靄(ぼあい)の
    土の上(へ)に叩きつけ

いまひとたびは未練で眺め
  さりげなく手を拍きつつ
路の上(へ)を走りてくれば
    (暮れのこる空よ!)

わが家(や)へと入りてみれば
  なごやかにうちまじりつつ
秋の日の夕陽の丘か炊煙(すいえん)か
    われを暈(くる)めかすもののあり

      古き代(よ)の富みし館(やかた)の
          カドリール ゆらゆるスカーツ
          カドリール ゆらゆるスカーツ
      何時(いつ)の日か絶(た)えんとはする カドリール!

最終連は
第3連を受けているのですが
「わが家」はかつて富み栄えた時代の屋敷のような空間(館)に変じ
そこで催された舞踏会のシーンが呼び出されます。

これは少年の日の思い出なのでしょう。

れんげの花の満開の季節。
紫紅色のはなびら一面の野原で遊んだ合間に摘み取った花束を
いざ帰る段になってはうとましくなって
道端に打ち捨てたあの時。

手の中にしおれはじめた花茎があわれで
あたりは暮れて靄(もや)っている土の上へ
せっかく採集した花の束を「叩きつけ」ました。

第2連、

いまひとたびは未練で眺め
  さりげなく手を拍きつつ
路の上(へ)を走りてくれば
    (暮れのこる空よ!)

――は読みどころです。

土の上に叩きつけた花束を見て
少年は可哀想と感じつつ
その感傷を打ち消すように手払いし
家路へと走り去ったのでした。

わが家へと帰り着いた少年は
和やかに家族親族うちまじり
「秋」の夕日の丘かご馳走を作るかまどの匂いか
めまいのしそうな「幸福」を見るのです。

いつしかわが家は「古き代の富みし館」となり
そこで踊る老若男女
スカートがひるがえります
カドリールに興じる幸福なとき

ゆらゆらゆれるスカートが回りますが……

めくるめく「幸福」もいつかはなくなってしまう!
絶頂に際して
少年はそのはかなさを思いはじめるのでした。

この「幸福」は
「秋」でなければならないかのように歌われます。

意味を追えばこうなりますが
第4連を「字下げ」としたのは
「サーカス」と同じであり
ここに「地」の詩人=作者がいます。

この部分が
ファンタジーのように仕立てられたのです。

今回はここまで。

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