どこにもいない「恋人」/「妹よ」その2
(前回から続く)
死んだっていいよう
――という声が聞えてきても姿は見えず
夜風が吹いているだけ。
夜の彼方(かなた)の
「み空」は高く、
吹く風はこまやか……。
◇
「み空」の下にいるのはわたくし(詩人)だけです。
そのために
わたくしには祈ることしかできないのです。
そばにいて
生きる執着を放棄しようとしている「妹」に
手を差し伸べることができない――。
「妹よ」の「よ」は呼びかけを表わしますが
相手はそこにいないのです。
◇
妹よ
夜、うつくしい魂は涕(な)いて、
――かの女こそ正当(あたりき)なのに――
夜、うつくしい魂は涕いて、
もう死んだっていいよう……というのであった。
湿った野原の黒い土、短い草の上を
夜風は吹いて、
死んだっていいよう、死んだっていいよう、と、
うつくしい魂は涕くのであった。
夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに
――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかった……
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
そこにいない女性(妹)は
長谷川泰子であるに違いありません。
死んだっていいよう、死んだっていいよう
――と「甘え」を含んだ声調で泣いているのは
泰子のはずです。
その泰子の「いいよう、いいよう」という声に応えて
詩人は兄になったのです。
「妹よ」と応じたのです。
◇
何かの折にそういう応答が
2人の間にあったのでしょう。
それは危機の時ではなく
幸福な時であったのでしょう。
「いも(妹)」と「せ(兄)」の間柄のような。
◇
あの時にも十分に応えられなかったではないか……。
いままた応えることができない……。
◇
風の声を聞きながら
「み空」に向かって
詩人は祈るほかにありません。
◇
今回はここまで。
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