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2014年2月22日 (土)

恋の行方(ゆくえ)/「寒い夜の自我像」その2

(前回から続く)

「寒い夜の自我像」の原形詩は
「ノート小年時」に草稿が残っています。

第2節(2)は、
恋人よ、その哀しげな歌をやめてよ、
――という泰子への呼びかけで、

第3節(3)は、
神よ私をお憐(あわ)れみ下さい!
――という神への告白(懇願)で、
それぞれ「恋」が歌いだされていることを知ります。

ともに、第1節(1)を受けた詩行といえますが……。

末尾に(一九二九・一・二〇)とある制作日の直後。

1929年(昭和4年)4月発行の「白痴群」創刊号に発表したときに
ばっさりとこれらを削除したのです。

このようにして
「寒い夜の自我像」は
詩人の決意表明のような詩である第1節が独立しましたが
「恋の歌」の片鱗を残しました。

これらのことを知った上で
「寒い夜の自我像」を読んでみれば
「わが喫煙」「妹よ」からの流れ(連続性と非連続性)は
自ずと理解できることでしょう。

寒い夜の自我像

きらびやかでもないけれど
この一本の手綱(たずな)をはなさず
この陰暗の地域を過ぎる!
その志(こころざし)明らかなれば
冬の夜を我(われ)は嘆(なげ)かず
人々の憔懆(しょうそう)のみの愁(かな)しみや
憧れに引廻(ひきまわ)される女等(おんなら)の鼻唄を
わが瑣細(ささい)なる罰と感じ
そが、わが皮膚を刺すにまかす。

蹌踉(よろ)めくままに静もりを保ち、
聊(いささ)かは儀文(ぎぶん)めいた心地をもって
われはわが怠惰(たいだ)を諫(いさ)める
寒月(かんげつ)の下を往(ゆ)きながら。

陽気で、坦々(たんたん)として、而(しか)も己(おのれ)を売らないことをと、
わが魂の願うことであった!

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

公表された詩「寒い夜の自我像」は
「白痴群」のものであれ
「山羊の歌」のものであれ
「恋の歌」というよりも
「詩人のマニフェスト(宣言)」の意味合いを持つことになりました。

「わが喫煙」「妹よ」を読んできて
断絶感があるのはそのためですが
中也の「恋愛詩」には
単に「相聞」であるという以上のものが目指されてあることは
「盲目の秋」などで明らかですから
これは落差ではなく
「幅」と取ったほうがよいのかもしれません。

詩の来歴は複雑です。

「寒い夜の自我像」は
「白痴群」創刊号に
もう一つの詩「詩友に」とともに発表されましたが
この詩を併せて読むことで
詩の背景は一層すっきりと見えてきます。

今回はここまで。

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