別世界の「恋人」/「わが喫煙」
(前回からつづく)
「盲目の秋」の暗黒から
「わが喫煙」の「どよもし(喧騒)」へ――。
「盲目の秋」で無限の前に腕を振っていた詩人は
今、都会の雑踏の中にあります。
「盲目の秋」で死の淵を覗いた詩人はついに生還し
「恋人」との日常時間の中にいます。
時計が逆に回ったのでしょうか?
◇
わが喫煙
おまえのその、白い二本の脛(すね)が、
夕暮(ゆうぐれ)、港の町の寒い夕暮、
にょきにょきと、ペエヴの上を歩むのだ。
店々に灯(ひ)がついて、灯がついて、
私がそれをみながら歩いていると、
おまえが声をかけるのだ、
どっかにはいって憩(やす)みましょうよと。
そこで私は、橋や荷足を見残しながら、
レストオランに這入(はい)るのだ――
わんわんいう喧騒(どよもし)、むっとするスチーム、
さても此処(ここ)は別世界。
そこで私は、時宜(じぎ)にも合わないおまえの陽気な顔を眺め、
かなしく煙草(たばこ)を吹かすのだ、
一服(いっぷく)、一服、吹かすのだ……
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
この詩は昔のある日の
単なる回想というものではないでしょう。
「無限」を前にして
「こちら側」に踏み止まって
そこで腕を振って
……
生還して
幾日かが経過して
――という経験の後の回想です。
回想といえば回想ですが
この経験の後の回想であるのと
この経験を通過しない回想とは
まったく異なる回想です。
◇
詩集「山羊の歌」後半部には
「盲目の秋」以下に18篇が連続して
「白痴群」に発表された作品が並びます。
「少年時」9篇のうち8篇
「みちこ」5篇のすべて
「秋」5篇のすべて
合計18篇が配置されていますが
これらは昭和4年(1929年)からおよそ1年隔月発行され
中原中也が傾注した同人誌「白痴群」に発表されました。
◇
「わが喫煙」は「盲目の秋」を含む「落穂集」全8篇として
昭和5年(1930年)4月発行の「白痴群」第6号に掲載されました。
第6号で「白痴群」は廃刊になりました。
◇
今回はここまで。
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