ループする悲しみ/「汚れっちまった悲しみに……」その4
(前回から続く)
一発目のパンチは
「汚れてしまった」「悲しみ」の2語(の結合)が放つ
広告のキャッチフレーズのような「意味のインパクト」。
それとほぼ同時もしくは少し早いタイミングで
ルフランや語呂・語感やリズムの
「音(感覚)のインパクト」で鷲づかみにされる。
「汚れっちまった悲しみに……」は
詩(うた)世界の中に
まず人を引きずり込んでしまいます。
◇
意味が紙一重で
音(楽)に呑まれる――。
では、意味は曖昧(あいまい)になったかというと
そうではない。
曖昧なのではなく
謎ではあります。
それでますます
吸い込まれます。
◇
汚れっちまった悲しみに……
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる
汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘(かわごろも)
汚れっちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる
汚れっちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れっちまった悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢(ゆめ)む
汚れっちまった悲しみに
いたいたしくも怖気(おじけ)づき
汚れっちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
「汚れっちまった悲しみ」は
「汚れた悲しみ」ではなく
「汚れてしまった悲しみ」なのです。
「汚れた悲しみ」である上に
「汚れてしまった悲しみ」です。
ここにも意味は重層し複層します。
◇
そして「汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘なのです。
ほかの例は出てきません。
ほかの例では
「汚れた悲しみ」にならないほどに
厳密なのでしょう。
◇
でも謎です。
勝手に想像するしかありません。
考えるしかありませんが
それが「面白い」のです。
誰もがこの「面白さ」を
ひそやかに楽しんでいるはずです。
◇
狐裘(こきゅう)は
キツネのわきの下の白毛皮で作った皮衣。
(Kotobankより)
中国でも日本でも古来珍重されました。
ほんのわずかに黄身がかった白でしょうか。
小雪をチタニウム・ホワイトとするなら
アイボリー・ホワイトといえばおおざっぱですか。
あったかい白なのかもしれません。
◇
詩は「たとえば」といいますが
悲しみのメタファーというより
シンボルといったほうが厳密なほどのことです
◇
この「汚れ」は
「きたない」というのとは異なります。
もっとバイタルなもの。
詩人が自らの悲しみに冠した。
◇
小雪が女性で。
◇
今回はここまで。
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