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2014年4月19日 (土)

死んだら読ませたい詩/「秋」その4

(前回から続く)

高田博厚がフランスへ行ったのは
昭和6年(1931年)2月で
この時、中也は泰子とともに高田を東京駅で見送りました。

「人間の風景」で高田は
「中原が金ぼたんの学生服をきて、泰子さんといっしょにいた。」
――と記しています。

前年9月に
中也は中央大学予科に入り
次に東京外国語学校へ入る計画を立てていました。
外務書記生の資格を得て
フランスへ渡るためでした。

高田博厚のフランス行きに
強い刺激をうけたのです。

「金ぼたんの学生服」は
中央予科に通っていた時のものでしょう。

高田博厚の渡仏が具体化するのは昭和5年11月のことですが
中也は中央大学予科に入るのと同時に
住まいを「豊多摩郡代々幡町代々木山谷112近間方」に移しています。

1年余りを高田のアトリエの近くの下宿で暮らしたのですが
高田がフランス行きの準備に入ったのに合わせての転居でした。

中也の住まいとしては長かったほうで
高田の人柄もあるのでしょうが
フランス行きの願望は
この期間に本格化したことがうかがわれます。

高田の「人間の風景」の記述で
もう一つ中也の泰子への思いに関わる部分を読んでおきましょう。

この記述は
後に「愛の詩集」と呼ばれる
一群の詩の存在を明らかにしました。

ある日中原は分厚い綴じた原稿を持ってきた。「これは誰にも見せない、あいつにも見せないんだけど、僕が死んだら、あいつに読ませたいんです。高田さんには見てほしいんだ。」

全部愛の詩であった。私は読みながら涙がにじみ出たのをおぼえている。そうして彼に云った。「中原、世の中には賢い奴は沢山いるがね……しかもお前の詩におそれている連中も多いがね……なぜといってお前は詩以外にしゃべっていることは筋の合わんことばかりだ。お前はやっかいな人間なんだよ。……だけどお前と一しょにたったひとつ云いたいことがあるんだ……馬鹿に見えても、犬みたいに、心情の骨の髄までしゃぶりつくす奴が他にいるか!」そうしたら彼は泣きだして、「あなた一人だ。それが解るのは……」

それから二人で無い金で近くの居酒屋へ一杯ひっかけに出た。あの時見たあの「愛の詩」が中原の死後の全集に発表されているのかどうか私は知らない。

(※改行を加えました。編者。)

誰にも見せない詩を
詩人が書き溜めていたということは
大事なものを人知れず持っていたという意味では
よく理解できることですが。

「僕が死んだら、あいつに読ませたい」というところに
中也固有のものが存在します。

それは
「秋」に地続きなものです。

高田のいう「愛の詩」と「秋」との関係はわかりませんが
死んだ後に「読ませたい」という詩と
「秋」が歌う「死の時」は
通じているところがあります。

   1

昨日まで燃えていた野が
今日茫然として、曇った空の下につづく。
一雨毎(ひとあめごと)に秋になるのだ、と人は云(い)う
秋蝉(あきぜみ)は、もはやかしこに鳴いている、
草の中の、ひともとの木の中に。

僕は煙草(たばこ)を喫(す)う。その煙が
澱(よど)んだ空気の中をくねりながら昇る。
地平線はみつめようにもみつめられない
陽炎(かげろう)の亡霊達が起(た)ったり坐(すわ)ったりしているので、
――僕は蹲(しゃが)んでしまう。

鈍い金色を滞びて、空は曇っている、――相変らずだ、――
とても高いので、僕は俯(うつむ)いてしまう。
僕は倦怠(けんたい)を観念して生きているのだよ、
煙草の味が三通(みとお)りくらいにする。
死ももう、とおくはないのかもしれない……
 
   2

『それではさよならといって、
みょうに真鍮(しんちゅう)の光沢かなんぞのような笑(えみ)を湛(たた)えて彼奴(あいつ)は、
あのドアの所を立ち去ったのだったあね。
あの笑いがどうも、生きてる者ののようじゃあなかったあね。

彼奴(あいつ)の目は、沼の水が澄(す)んだ時かなんかのような色をしてたあね。
話してる時、ほかのことを考えているようだったあね。
短く切って、物を云うくせがあったあね。
つまらない事を、細かく覚えていたりしたあね。』

『ええそうよ。――死ぬってことが分っていたのだわ?
星をみてると、星が僕になるんだなんて笑ってたわよ、たった先達(せんだって)よ。

・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たった先達よ、自分の下駄(げた)を、これあどうしても僕のじゃないっていうのよ。』

   3

草がちっともゆれなかったのよ、
その上を蝶々(ちょうちょう)がとんでいたのよ。
浴衣(ゆかた)を着て、あの人縁側に立ってそれを見てるのよ。
あたしこっちからあの人の様子 見てたわよ。
あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。
お豆腐屋の笛が方々(ほうぼう)で聞えていたわ、
あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、
――僕、ってあの人あたしの方を振向(ふりむ)くのよ、
昨日三十貫(かん)くらいある石をコジ起しちゃった、ってのよ。
――まあどうして、どこで?ってあたし訊いたのよ。
するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、
怒ってるようなのよ、まあ……あたし怖かったわ。

死ぬまえってへんなものねえ……
 
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

詩人に秋は
常に尋常ではない季節です。

今回はここまで。


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