2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

カテゴリー

ブログランキング参加中です

中原中也を歌う(曲と歌:桜木うさこさん)

電子書籍

無料ブログはココログ

« 泰子が明かす奇怪な三角関係/「時こそ今は……」その6 | トップページ | 死の時へ祈る/「羊の歌」その2 »

2014年5月21日 (水)

冬の時代へ/「羊の歌」

(前回から続く)

いよいよ「山羊の歌」は
最終章「羊の歌」に差しかかりました。

高田博厚のアトリエから帰る道で
泰子が離れてしまったことを感じながらも
隣りを歩む泰子の呼吸に触れていた詩人は
親密な気持ちになる時(とき=瞬間)を味わっていました。

その時は
永遠に続くものであればよいという願望であり
かつて二人の間に確実にあった時間でした。

「時こそ今は……」は
その時を歌ったものであるがゆえに
たけなわの秋=頂点の輝きを放っています。

二人はかつて「わが喫煙」の親密さを共有しましたが
「時こそ今は……」で歌われた親密さには
頂点であるゆえのまばゆさに
「そこはかとない翳(かげ)り」が漂います。

頂点は頂点であるゆえに
下降の季節(=冬の時代)に向かっていきます。

「羊の歌」は
のっけに「死の時」を歌います。

羊の歌
        安原喜弘に

   Ⅰ 祈 り

死の時には私が仰向(あおむ)かんことを!
この小さな顎(あご)が、小さい上にも小さくならんことを!
それよ、私は私が感じ得なかったことのために、
罰されて、死は来たるものと思うゆえ。

ああ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!

   Ⅱ

思惑(おもわく)よ、汝(なんじ) 古く暗き気体よ、
わが裡(うち)より去れよかし!
われはや単純と静けき呟(つぶや)きと、
とまれ、清楚(せいそ)のほかを希(ねが)わず。

交際よ、汝陰鬱(いんうつ)なる汚濁(おじょく)の許容よ、
更(あらた)めてわれを目覚ますことなかれ!
われはや孤寂(こじゃく)に耐えんとす、
わが腕は既(すで)に無用の有(もの)に似たり。

汝、疑いとともに見開く眼(まなこ)よ
見開きたるままに暫(しば)しは動かぬ眼よ、
ああ、己(おのれ)の外(ほか)をあまりに信ずる心よ、

それよ思惑、汝 古く暗き空気よ、
わが裡より去れよかし去れよかし!
われはや、貧しきわが夢のほかに興(きょう)ぜず

   Ⅲ

     我が生は恐ろしい嵐のようであった、
     其処此処に時々陽の光も落ちたとはいえ。
                    ボードレール

九歳の子供がありました
女の子供でありました
世界の空気が、彼女の有であるように
またそれは、凭(よ)っかかられるもののように
彼女は頸(くび)をかしげるのでした
私と話している時に。

私は炬燵(こたつ)にあたっていました
彼女は畳に坐っていました
冬の日の、珍(めずら)しくよい天気の午前
私の室には、陽がいっぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶(みみのは)陽に透(す)きました。

私を信頼しきって、安心しきって
かの女の心は密柑(みかん)の色に
そのやさしさは氾濫(はんらん)するなく、かといって
鹿のように縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(じゅくどくがんみ)しました。

   Ⅳ

さるにても、もろに佗(わび)しいわが心
夜(よ)な夜なは、下宿の室(へや)に独りいて
思いなき、思いを思う 単調の
つまし心の連弾(れんだん)よ……

汽車の笛(ふえ)聞こえもくれば
旅おもい、幼(おさな)き日をばおもうなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思わず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……

思いなき、おもいを思うわが胸は
閉(と)ざされて、醺生(かびは)ゆる手匣(てばこ)にこそはさも似たれ
しらけたる脣(くち)、乾きし頬(ほお)
酷薄(こくはく)の、これな寂莫(しじま)にほとぶなり……

これやこの、慣れしばかりに耐えもする
さびしさこそはせつなけれ、みずからは
それともしらず、ことように、たまさかに
ながる涙は、人恋(ひとこ)うる涙のそれにもはやあらず……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「山羊の歌」最終章は「羊の歌」ではじまりますが
「羊の歌」は章のタイトルでもあります。

その冒頭詩のはじまりが「死の時」で歌い出されるのは
前章「秋」の冒頭詩「秋」にパラレルな(相似した)位置づけで
このようにして詩集は章と章、詩と詩、詩と章……とが
相互に反響し引っ張り合う効果を企(たくら)まれています。

「羊の歌」は
「憔悴」「いのちの声」との3作で最終章を構成する
一つのパーツですが
この最終章はまた詩集「山羊の歌」を締めくくるパーツであり
「羊」が「山羊」へと成り変わる「ばね」となります。

今回はここまで。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

« 泰子が明かす奇怪な三角関係/「時こそ今は……」その6 | トップページ | 死の時へ祈る/「羊の歌」その2 »

中原中也/「山羊の歌」の世界/「羊の歌」から「いのちの声」へ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1047491/56271683

この記事へのトラックバック一覧です: 冬の時代へ/「羊の歌」:

« 泰子が明かす奇怪な三角関係/「時こそ今は……」その6 | トップページ | 死の時へ祈る/「羊の歌」その2 »