感じない己へ罰を!/「羊の歌」その3
(前回から続く)
感じることができなかった罰として
せめて、死ぬ時くらい
僕は仰向けになっていたい。
この小さな僕の顎がもっと小さくなってほしい。
それというのも
死ぬ時くらいは
すべてを感じる者でありたいから。
◇
感じることができなかったのはなぜか。
「Ⅰ 祈り」を受けて
「Ⅱ」は
「思惑」と「交際」をやり玉にします。
自分の思考パタンや性向に
反省の目を向けるのです。
◇
「思惑」は
古く暗き気体。
去れ!僕の内から。
単純、静かな呟き、清楚――。
これ以外を望まない僕に必要がない。
だから消えてなくなってしまえ。
「交際」は
陰鬱な汚濁の許容。
そんなものに僕を目覚めさせてくれるな!
僕は孤寂に耐える。
僕の腕(力)はもう無用のものだ。
◇
「交際」は
疑いとともに見開く眼。
見開いたままじっと動かない眼よ。
己の外(部)を過剰に信ずる心よ。
古く暗い気体よ。
僕は僕の貧しい夢を見る以外に
面白いことなんかなくなってしまった――
◇
羊の歌
安原喜弘に
Ⅰ 祈 り
死の時には私が仰向(あおむ)かんことを!
この小さな顎(あご)が、小さい上にも小さくならんことを!
それよ、私は私が感じ得なかったことのために、
罰されて、死は来たるものと思うゆえ。
ああ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!
Ⅱ
思惑(おもわく)よ、汝(なんじ) 古く暗き気体よ、
わが裡(うち)より去れよかし!
われはや単純と静けき呟(つぶや)きと、
とまれ、清楚(せいそ)のほかを希(ねが)わず。
交際よ、汝陰鬱(いんうつ)なる汚濁(おじょく)の許容よ、
更(あらた)めてわれを目覚ますことなかれ!
われはや孤寂(こじゃく)に耐えんとす、
わが腕は既(すで)に無用の有(もの)に似たり。
汝、疑いとともに見開く眼(まなこ)よ
見開きたるままに暫(しば)しは動かぬ眼よ、
ああ、己(おのれ)の外(ほか)をあまりに信ずる心よ、
それよ思惑、汝 古く暗き空気よ、
わが裡より去れよかし去れよかし!
われはや、貧しきわが夢のほかに興(きょう)ぜず
Ⅲ
我が生は恐ろしい嵐のようであった、
其処此処に時々陽の光も落ちたとはいえ。
ボードレール
九歳の子供がありました
女の子供でありました
世界の空気が、彼女の有であるように
またそれは、凭(よ)っかかられるもののように
彼女は頸(くび)をかしげるのでした
私と話している時に。
私は炬燵(こたつ)にあたっていました
彼女は畳に坐っていました
冬の日の、珍(めずら)しくよい天気の午前
私の室には、陽がいっぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶(みみのは)陽に透(す)きました。
私を信頼しきって、安心しきって
かの女の心は密柑(みかん)の色に
そのやさしさは氾濫(はんらん)するなく、かといって
鹿のように縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(じゅくどくがんみ)しました。
Ⅳ
さるにても、もろに佗(わび)しいわが心
夜(よ)な夜なは、下宿の室(へや)に独りいて
思いなき、思いを思う 単調の
つまし心の連弾(れんだん)よ……
汽車の笛(ふえ)聞こえもくれば
旅おもい、幼(おさな)き日をばおもうなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思わず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……
思いなき、おもいを思うわが胸は
閉(と)ざされて、醺生(かびは)ゆる手匣(てばこ)にこそはさも似たれ
しらけたる脣(くち)、乾きし頬(ほお)
酷薄(こくはく)の、これな寂莫(しじま)にほとぶなり……
これやこの、慣れしばかりに耐えもする
さびしさこそはせつなけれ、みずからは
それともしらず、ことように、たまさかに
ながる涙は、人恋(ひとこ)うる涙のそれにもはやあらず……
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
4節がそれぞれ形式を変えて歌われています。
「Ⅰ」は文語体ながら自由律。
音数律にこだわっていません。
ほとばしる思いが先行します。
「Ⅱ」はソネット。
4行―4行―3行―3行の14行詩ですが
ここでも音数律を目指していません。
「Ⅰ」「Ⅱ」ともに
「!」が多用されているのは
激しさの表れでしょう。
「Ⅲ」は6行×3の18行詩ですが、「ですます調」。
それも「ました、でした」とすべてが過去形です。
その上、この詩の中でこの章だけは口語体です。
「Ⅳ」はまた文語に戻り、75調または57調。
4行4連の定型、音数律を保ちました。
◇
形の上で目立つのは「Ⅲ」で、
ボードレールの詩から
我が生は恐ろしい嵐のようであった、
其処此処に時々陽の光も落ちたとはいえ。
――をエピグラフに添えています。
恐ろしい嵐のような人生にも
こんな時=幸福な時があった……。
「陽の光」の落ちたある時は
近くは「時こそ今は……」の輝かしい時に反響しています。
◇
今回はここまで。
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