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2014年5月23日 (金)

感じない己へ罰を!/「羊の歌」その3

(前回から続く)

感じることができなかった罰として
せめて、死ぬ時くらい
僕は仰向けになっていたい。
この小さな僕の顎がもっと小さくなってほしい。

それというのも
死ぬ時くらいは
すべてを感じる者でありたいから。

感じることができなかったのはなぜか。

「Ⅰ 祈り」を受けて
「Ⅱ」は
「思惑」と「交際」をやり玉にします。
自分の思考パタンや性向に
反省の目を向けるのです。

「思惑」は
古く暗き気体。
去れ!僕の内から。

単純、静かな呟き、清楚――。
これ以外を望まない僕に必要がない。
だから消えてなくなってしまえ。

「交際」は
陰鬱な汚濁の許容。
そんなものに僕を目覚めさせてくれるな!

僕は孤寂に耐える。
僕の腕(力)はもう無用のものだ。

「交際」は
疑いとともに見開く眼。

見開いたままじっと動かない眼よ。
己の外(部)を過剰に信ずる心よ。
古く暗い気体よ。

僕は僕の貧しい夢を見る以外に
面白いことなんかなくなってしまった――

羊の歌
        安原喜弘に

   Ⅰ 祈 り

死の時には私が仰向(あおむ)かんことを!
この小さな顎(あご)が、小さい上にも小さくならんことを!
それよ、私は私が感じ得なかったことのために、
罰されて、死は来たるものと思うゆえ。

ああ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!

   Ⅱ

思惑(おもわく)よ、汝(なんじ) 古く暗き気体よ、
わが裡(うち)より去れよかし!
われはや単純と静けき呟(つぶや)きと、
とまれ、清楚(せいそ)のほかを希(ねが)わず。

交際よ、汝陰鬱(いんうつ)なる汚濁(おじょく)の許容よ、
更(あらた)めてわれを目覚ますことなかれ!
われはや孤寂(こじゃく)に耐えんとす、
わが腕は既(すで)に無用の有(もの)に似たり。

汝、疑いとともに見開く眼(まなこ)よ
見開きたるままに暫(しば)しは動かぬ眼よ、
ああ、己(おのれ)の外(ほか)をあまりに信ずる心よ、

それよ思惑、汝 古く暗き空気よ、
わが裡より去れよかし去れよかし!
われはや、貧しきわが夢のほかに興(きょう)ぜず

   Ⅲ

     我が生は恐ろしい嵐のようであった、
     其処此処に時々陽の光も落ちたとはいえ。
                    ボードレール

九歳の子供がありました
女の子供でありました
世界の空気が、彼女の有であるように
またそれは、凭(よ)っかかられるもののように
彼女は頸(くび)をかしげるのでした
私と話している時に。

私は炬燵(こたつ)にあたっていました
彼女は畳に坐っていました
冬の日の、珍(めずら)しくよい天気の午前
私の室には、陽がいっぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶(みみのは)陽に透(す)きました。

私を信頼しきって、安心しきって
かの女の心は密柑(みかん)の色に
そのやさしさは氾濫(はんらん)するなく、かといって
鹿のように縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(じゅくどくがんみ)しました。

   Ⅳ

さるにても、もろに佗(わび)しいわが心
夜(よ)な夜なは、下宿の室(へや)に独りいて
思いなき、思いを思う 単調の
つまし心の連弾(れんだん)よ……

汽車の笛(ふえ)聞こえもくれば
旅おもい、幼(おさな)き日をばおもうなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思わず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……

思いなき、おもいを思うわが胸は
閉(と)ざされて、醺生(かびは)ゆる手匣(てばこ)にこそはさも似たれ
しらけたる脣(くち)、乾きし頬(ほお)
酷薄(こくはく)の、これな寂莫(しじま)にほとぶなり……

これやこの、慣れしばかりに耐えもする
さびしさこそはせつなけれ、みずからは
それともしらず、ことように、たまさかに
ながる涙は、人恋(ひとこ)うる涙のそれにもはやあらず……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

4節がそれぞれ形式を変えて歌われています。

「Ⅰ」は文語体ながら自由律。
音数律にこだわっていません。
ほとばしる思いが先行します。

「Ⅱ」はソネット。
4行―4行―3行―3行の14行詩ですが
ここでも音数律を目指していません。

「Ⅰ」「Ⅱ」ともに
「!」が多用されているのは
激しさの表れでしょう。

「Ⅲ」は6行×3の18行詩ですが、「ですます調」。
それも「ました、でした」とすべてが過去形です。
その上、この詩の中でこの章だけは口語体です。

「Ⅳ」はまた文語に戻り、75調または57調。
4行4連の定型、音数律を保ちました。

形の上で目立つのは「Ⅲ」で、
ボードレールの詩から
我が生は恐ろしい嵐のようであった、
其処此処に時々陽の光も落ちたとはいえ。
――をエピグラフに添えています。

恐ろしい嵐のような人生にも
こんな時=幸福な時があった……。

「陽の光」の落ちたある時は
近くは「時こそ今は……」の輝かしい時に反響しています。

今回はここまで。

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