恋の秋/「生い立ちの歌」その4
(前回から続く)
「生い立ちの歌」が「白痴群」に発表されたとき(第1次形態)には
「Ⅰ」の末尾に
★
暁 空に、雲流る
×
我が駒よ、汝は、寒からじか
×
吹雪のうち、
散る花もあり……
――という詩行がありましたが
「山羊の歌」で削除されました。
(「新全集」第1巻・解題篇より。)
◇
「Ⅰ」と「Ⅱ」との間に
こうした詩行がはさまったままでは
ぼんやりしたものが残ってしまうとみなされて
思い切って排除したものでしょう。
「汚れっちまった悲しみに……」
「雪の宵」
――とのつながりが
この削除によってより明確になり
強化されました。
つぎに置かれた「時こそ今は……」への流れも
鮮やかさを増しました。
そして「雪の宵」も
「生い立ちの歌」も
「時こそ今は……」も
「秋」の章に配置された意図がくっきりして来ました。
「汚れっちまった悲しみに……」が
「みちこ」の章に置かれた意図も
ここでいっそうはっきりして来ました。
◇
生い立ちの歌
Ⅰ
幼 年 時
私の上に降る雪は
真綿(まわた)のようでありました
少 年 時
私の上に降る雪は
霙(みぞれ)のようでありました
十七〜十九
私の上に降る雪は
霰(あられ)のように散りました
二十〜二十二
私の上に降る雪は
雹(ひょう)であるかと思われた
二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪(ふぶき)とみえました
二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……
Ⅱ
私の上に降る雪は
花びらのように降ってきます
薪(たきぎ)の燃える音もして
凍(こお)るみ空の黝(くろ)む頃
私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸(さしの)べて降りました
私の上に降る雪は
熱い額(ひたい)に落ちもくる
涙のようでありました
私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生(ながいき)したいと祈りました
私の上に降る雪は
いと貞潔(ていけつ)でありました
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
泰子との「恋」は「秋」にさしかかっていたのです。
「生い立ち」の中で歌われるほど
泰子は「歴史化」されました。
◇
今回はここまで。
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