最後の輝き/「時こそ今は……」
(前回から続く)
いと貞潔でありました
――と閉じる「生い立ちの歌」の「貞潔」が
「汚れっちまった悲しみに……」の「汚れ」の反意として現われるのは
この二つの詩の関係、とりわけ経過(距離)を示すものでしょう。
「雪3部作」は
ひとまずは「生い立ちの歌」で終わります。
「秋」の章の最終詩「時こそ今は……」へと
バトンを渡して。
◇
「時こそ今は……」が
「秋」の章の最終詩であるのは
恋の季節が秋の終わりに差しかかっていることを示しています。
この秋はたけなわであります。
「終焉」を孕(はら)む頂点のようです。
最後の輝きのようです。
◇
時こそ今は……
時こそ今は花は香炉に打薫じ
ボードレール
時こそ今は花は香炉(こうろ)に打薫(うちくん)じ、
そこはかとないけはいです。
しおだる花や水の音や、
家路をいそぐ人々や。
いかに泰子(やすこ)、いまこそは
しずかに一緒に、おりましょう。
遠くの空を、飛ぶ鳥も
いたいけな情(なさ)け、みちてます。
いかに泰子、いまこそは
暮るる籬(まがき)や群青の
空もしずかに流るころ。
いかに泰子、いまこそは
おまえの髪毛なよぶころ
花は香炉に打薫じ、
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
泰子の名前が詩行の中に現われるのは
「山羊の歌」「在りし日の歌」を通じて
初めてでありこれが最後です。
◇
エピグラフになったボードレールの詩の一節
時こそ今は花は香炉に打薫じ
――は、開花した花が芳香を放つ絶頂の瞬間を歌ったものでしょう。
上田敏の翻訳「薄暮の曲(くれがたのきょく)」を引っ張り出して
中也はアレンジを加えました。
(「新全集」第1巻・解題篇。)
◇
今回はここまで。
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