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2014年5月25日 (日)

侘しい下宿/「羊の歌」その5

(前回から続く)

陽の光があふれる「私の室」(「Ⅲ」)は
突如、下宿の独り暮らしの現在に転じます。

「羊の歌」の最終節「Ⅳ」だけをクローズアップして
読んでみましょう。

   Ⅳ

さるにても、もろに佗(わび)しいわが心
夜(よ)な夜なは、下宿の室(へや)に独りいて
思いなき、思いを思う 単調の
つまし心の連弾(れんだん)よ……

汽車の笛(ふえ)聞こえもくれば
旅おもい、幼(おさな)き日をばおもうなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思わず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……

思いなき、おもいを思うわが胸は
閉(と)ざされて、醺生(かびは)ゆる手匣(てばこ)にこそはさも似たれ
しらけたる脣(くち)、乾きし頬(ほお)
酷薄(こくはく)の、これな寂莫(しじま)にほとぶなり……

これやこの、慣れしばかりに耐えもする
さびしさこそはせつなけれ、みずからは
それともしらず、ことように、たまさかに
ながる涙は、人恋(ひとこ)うる涙のそれにもはやあらず……

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「さるにても」は「それはそうであっても」という
一種の話法(ナラティブ)。

詩の作者が話者として発語し
物語を案内する言葉使いです。

「Ⅲ」を受けていることを示しますが
受けた後に案内されるのは
「もろに侘しいわが心」です。

むかし、あんなに幸せだったけれど
今、こんなに侘しい。

夜な夜な
下宿の独り住まいで
思いのない思いを思う
単調の
つましい
心だけの連弾……。

連弾に
不在の泰子がいます。
心の中だけの連弾なのです。

汽車の笛が聞こえるのですから
中央本線でしょうか。

汽笛を聞いて
旅を思い幼時を思うのですが
否(いな)、否。

幼時も旅も思わないとすぐさま打ち消し
旅と見え幼時と見えるものをのみ……。

この「……」には「思う」が隠されてしまいました。
「見えてくるものだけを思う」ということは
思うにまかせるのですが
思いが結んでいかない状態を言っているのでしょうか。

思いが凍えている――。

その胸の内は
閉ざされて、カビの生えた手箱にとても似ている。

白くなった唇。
乾いた頬。

酷薄の(ひどい、むごい)
「これな」の「な」は強調。古語で「これは」を強調するとこうなります。

「寂莫(しじま)に」は、
単に「沈黙(しじま)」ではなく、静寂が莫大(無限)であることを含んでいて
「ほとぶ」は「ほとぼり」の動詞化か、
「ほとぼり」と「ほとばしる」との合成か
「ほとり(辺、畔)」や「ほろぶ(滅ぶ)」をも含めているか、
「どっぷりつかっている」ほどの意味。

「酷薄の、寂莫(しじま)にほとぶ」で
ひどい、底知れぬ静寂に付きまとわれている(襲われている)状態。

「ほとぶ」の主語が
白くなった唇、乾いた頬。

「これやこの」は
「さるにても」「いなよいなよ」と同じナラティブ(話法)でしょう。

57音75音を保とうとしながら
「物語」を進める話者の声。

沈痛な寂しさの中に
詩人は立っています。
立とうとしています。

これはこの
慣れっこになって耐えている
さびしくてせつないものだから、

自分はそれと気づかず
ことように(異様に、普通ではない)
たまさかに(偶然に)
涙が流れる。

この涙、人を恋う涙では、もはやない……

まだ歌い足りずに詩は閉じますが
この「……」もまた
詩の冒頭へと誘導を促す印かもしれません。

4節で構成される詩の
「Ⅲ」は過去。
「Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅳ」が現在なのです。

今回はここまで。

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