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2014年5月15日 (木)

ヒッピーの泰子/「時こそ今は……」その4

(前回から続く)

「時こそ今は……」が作られたころ
泰子はどのような暮らしをして
どのようなことを考えていたのでしょう。

泰子自身が語った回想を見てみます。

東中野での、一人の生活はまったく気ままなものでした。朝起きると、たいていふらりと外出したものです。電車で新宿に出て、駅の近くの喫茶店「中村屋」で、トーストとか、支那まんじゅうで腹ごしらえしました。

あのころ、「中村屋」には河上さんや大岡さんや古谷さんがしょっちゅう来ていました。私はお金持たないときでも、誰かは顔見知りがいたから、そこにまず寄っておりました。
(村上護編「中原中也との愛 ゆきてかへらぬ」「Ⅲ 私の聖母!」中の「溜り場」より。角川ソフィア文庫。改行を加えてあります。編者。)

長谷川泰子は東中野に住んでいたころを回想して
このように語りはじめます。

東中野で独り暮らしをしていた泰子の日常の断面が
ここによく映し出されていますが
泰子が東中野に住んだのは
実は2回に渡っています。
これは2回目の東中野のころのことです。

「白痴群」が創刊され、しばらくたってから、私は山岸さんの家から、東中野に引っ越しました。山岸さんがフランスへ勉強に行くことになったので、そこに居候しておれなくなったんです。どこへ引っ越してもよかったんだけど、あのころは古谷さんと親しくしておりましたからその近所がよいと、東中野に移ったわけです。
(前同。)

山岸光吉の家に寄寓する前に「東中野谷戸」に住んでいました。
高田博厚のアトリエによく遊びにいったのも
「谷戸」ではないほうの「東中野」でのことです。

時こそ今は……
 
         時こそ今は花は香炉に打薫じ
                 ボードレール

時こそ今は花は香炉(こうろ)に打薫(うちくん)じ、
そこはかとないけはいです。
しおだる花や水の音や、
家路をいそぐ人々や。

いかに泰子(やすこ)、いまこそは
しずかに一緒に、おりましょう。
遠くの空を、飛ぶ鳥も
いたいけな情(なさ)け、みちてます。

いかに泰子、いまこそは
暮るる籬(まがき)や群青の
空もしずかに流るころ。

いかに泰子、いまこそは
おまえの髪毛なよぶころ
花は香炉に打薫じ、

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「古谷さん」とあるのは
「白痴群」の同人である古谷綱武のことで
大岡昇平や富永次郎や安原喜弘らとともに
成城高校の生徒でした。

アルゼンチン公使を父にもつ
裕福な家庭の長男で
東中野駅近くの広い家に住んでいました。

「そこに行くといつも4、5人はゴロゴロしている状態でした」(泰子)という溜り場の一つで
泰子もそこへ行くのは日常のことだったのでしょう。

古谷さんは顔が広くて、あの人にはいろんなところに連れて行ってもらいました。私が変わってて珍しい、とみんなに紹介してくださったのです。彫刻家の高田博厚さんに、私を紹介したのも古谷さんでした。その後、荻窪にあった高田さんのアトリエに、よく遊びに行くようになりました。

私は高田さんにブロンズの首をつくってもらうことになり、そのアトリエに毎日通っていたときがありました。そのころ中原も高田さんと仲良くなり、そのアトリエに出入りするようになりました。
(前同。)

ほかのところで自分のことを「ヒッピー」と
泰子は自嘲気味に語っていますが
給料生活者でない身の「蜘蛛の糸」のように自由な暮らしぶりが
彷彿(ほうふつ)としてきます。

大岡昇平、古谷綱武らも
まだみんな学生でしたし
文学など芸術活動に熱中していましたから
ヒッピーのたまり場のようだった「中村屋」のような喫茶店や飲み屋や……。

「たむろする場」をあちこちに作っていたのは
いつの時代にも共通する青春の風景といえるものでした。

今回はここまで。

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