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2014年7月 3日 (木)

「です・ます」で終わる「春の日の夕暮」/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

なんだい、こりゃ!? ってな感じで
トタンがセンベイ食べる情景を
一生懸命思い描こうとする人がいたり
馬鹿馬鹿しくて通り過ぎる人がいたり
何事もいろんな反応があるというものですが
一度、このフレーズを読んでしまった人の記憶に残ってしまうというのが
「春の日の夕暮」という詩の強さでしょうね。

詩の完成度だ未完成だ、とか
ダダだとかダダじゃない、とか
こういうの好きじゃない、とか、嫌いだ、とか
……

感じようと感じまいと
トタンがセンベイを食べているという言葉が
人々の脳裏に刻まれてしまいます。

たまには
まったく引っかからない、残らないなんていう人も
そりゃあるでしょうけど。

「春の日の夕暮」は
「山羊の歌」の冒頭詩ですし
中也は戦略をそれなりに考えて配置したのでしょうから
ここでは少し立ち止まってみましょう。

春の日の夕暮
 
トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです

吁(ああ)! 案山子(かかし)はないか――あるまい
馬嘶(いなな)くか――嘶きもしまい
ただただ月の光のヌメランとするままに
従順なのは 春の日の夕暮か

ポトホトと野の中に伽藍(がらん)は紅(あか)く
荷馬車の車輪 油を失い
私が歴史的現在に物を云(い)えば
嘲(あざけ)る嘲る 空と山とが

瓦が一枚 はぐれました
これから春の日の夕暮は
無言(むごん)ながら 前進します
自(みずか)らの 静脈管の中へです

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

言葉使いがダダっぽい、とか
奇天烈(きてれつ)だ、とか
難解だ意味不明だ一人勝手だ自己満足だ、とか
……

「意味」の受け取り方、感じ方は千差万別ですから
自分流の読みで結構ということにひとまずはしておいて
詩の「構造」というものは一つですから
それを見てみると
何回も読んでようやく気づいたことがあります。

1連が4行構成で
全4連の定型
音数律の不在(リズムにこだわらない)
――などということではありません。

前に読んだときに
詩人は詩の中にいるのかいないのか
いるとしたらどこにいるのか――という角度を必要としたことがありましたが
そのときには通り過ぎてしまったことが
一つあります。

それは
第1連と最終連とが
「です・ます」で終わっていることです。

今回はこれまで。

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